眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
杉並区・高円寺南四丁目の住宅街は、夜の静寂に包まれていた。
街灯の淡いオレンジが、アスファルトの道と家々の塀を照らしている。
現場に到着すると、パトカーの赤色灯だけが、静かに点滅していた。
そのそばには制服姿の警察官が二人、そして一人の男の子がいた。
泣きもせず、ぐずることもなく、子どもは警察官の腕の中にすっぽりと抱きついている。
まるで、泣く力すら使い果たしてしまったように。
「佐原さん、お疲れさまです。生活安全課の岡田です」
少し息を弾ませながらも、丁寧な口調で岡田が挨拶する。
「こちらこそ……状況、ありがとうございます」
岡田は手短に説明を始めた。
「交番員が、道の真ん中をふらふらと歩いてるところを見つけて。危険なので保護しました。通報はなし。周囲の住民にも聞きましたが、該当しそうな子どもがいないようで」
「そうですか……」
花音は頷きながら、子どもの様子に視線を移した。
頬に擦り傷のようなものがあるが、血はにじんでいない。
手足は泥だらけだが、寒さを感じさせないのは今が夏だからだろう。
服装は、特に季節外れではない。
「お名前、わかってないんですよね」
「はい。何を聞いても首を振るだけで」
花音は子どもに膝を合わせるようにして視線を落とし、柔らかな声で話しかけた。
「こんばんは。びっくりしちゃったね。寒くない? 怪我、痛くない?」
子どもはじっと彼女を見返してくる。
花音の目を見ている。
恐れも、警戒も、どこか鈍い諦めのような感情がその瞳にあった。
「ちょっとごめんね。靴、見せてもらってもいい?」
優しく問いかけながら、花音はしゃがんで靴に手を伸ばす。
子どもの体に触れる前に、しっかりと目を合わせて頷きをもらった。
小さなスニーカーのベロをそっと持ち上げる。
そこに、薄くにじんだ黒いマジックで「まさと」と書かれていた。
「……マサトくん?」
花音が顔を上げてそっと問いかける。
男の子は、ほんの少しだけ口元をゆるめて、「うん」と小さく頷いた。
その瞬間、花音の胸の奥で何かが柔らかくほどけた。
名前を取り戻した——それだけで、ほんの少し、この子が「一人じゃない」と感じてくれる気がした。
「マサトくん、えらかったね。もう大丈夫だよ」
そう声をかけながら、花音はそっと、その小さな背中に手を添えた。
街灯の淡いオレンジが、アスファルトの道と家々の塀を照らしている。
現場に到着すると、パトカーの赤色灯だけが、静かに点滅していた。
そのそばには制服姿の警察官が二人、そして一人の男の子がいた。
泣きもせず、ぐずることもなく、子どもは警察官の腕の中にすっぽりと抱きついている。
まるで、泣く力すら使い果たしてしまったように。
「佐原さん、お疲れさまです。生活安全課の岡田です」
少し息を弾ませながらも、丁寧な口調で岡田が挨拶する。
「こちらこそ……状況、ありがとうございます」
岡田は手短に説明を始めた。
「交番員が、道の真ん中をふらふらと歩いてるところを見つけて。危険なので保護しました。通報はなし。周囲の住民にも聞きましたが、該当しそうな子どもがいないようで」
「そうですか……」
花音は頷きながら、子どもの様子に視線を移した。
頬に擦り傷のようなものがあるが、血はにじんでいない。
手足は泥だらけだが、寒さを感じさせないのは今が夏だからだろう。
服装は、特に季節外れではない。
「お名前、わかってないんですよね」
「はい。何を聞いても首を振るだけで」
花音は子どもに膝を合わせるようにして視線を落とし、柔らかな声で話しかけた。
「こんばんは。びっくりしちゃったね。寒くない? 怪我、痛くない?」
子どもはじっと彼女を見返してくる。
花音の目を見ている。
恐れも、警戒も、どこか鈍い諦めのような感情がその瞳にあった。
「ちょっとごめんね。靴、見せてもらってもいい?」
優しく問いかけながら、花音はしゃがんで靴に手を伸ばす。
子どもの体に触れる前に、しっかりと目を合わせて頷きをもらった。
小さなスニーカーのベロをそっと持ち上げる。
そこに、薄くにじんだ黒いマジックで「まさと」と書かれていた。
「……マサトくん?」
花音が顔を上げてそっと問いかける。
男の子は、ほんの少しだけ口元をゆるめて、「うん」と小さく頷いた。
その瞬間、花音の胸の奥で何かが柔らかくほどけた。
名前を取り戻した——それだけで、ほんの少し、この子が「一人じゃない」と感じてくれる気がした。
「マサトくん、えらかったね。もう大丈夫だよ」
そう声をかけながら、花音はそっと、その小さな背中に手を添えた。