眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
蝉の声が遠のき、窓から吹き込む風に秋の匂いが混じり始めた頃。
早瀬は冷めかけた缶コーヒーを手に、詰所の申し送りに耳を傾けていた。
「……じゃあ、次。岡田、昨夜の件。」
新田が視線だけで促すと、岡田が手を挙げて立ち上がる。
どこか張り切った様子で、声がわずかに弾んでいる。
「昨夜23時ごろ、杉並区高円寺南四丁目の住宅街で、3歳くらいの男の子が一人で歩いているのを、巡回中の交番員が発見・保護しました。見た目や話し方から3歳程度、名乗れず、持ち物にも身元を示すものなし。」
早瀬はモニター越しに岡田の顔を一瞥して、黙って資料に目を戻す。
「すぐに児童相談所へ連絡を入れ、対応してもらいました。児相職員の到着後、男の子の靴のラベルから“マサト”という名前が確認され、やりとりの中で本人もそれを認めたとのこと。」
“児相職員”──その言い方に、早瀬の手がわずかに止まりかけたが、顔には出さず続きを聞く。
「しばらくして、母親が現場に駆けつけました。パジャマ姿で、かなり取り乱していた様子でしたが、寝ている間に子どもが家を出てしまったとのこと。怪我なども見られず、児相の判断で母親に引き渡しています。」
一拍置いて、岡田が言葉の色を少し変える。
「なお、男の子の父親は杉並署・刑事課所属の安藤賢介巡査部長。夜勤中だったとのことです。」
詰所が一瞬静かになる。
新田は鼻を鳴らして、「なんだよ」とぼやいたあと、やや強めの口調になる。
「俺からも言っとく。家庭ある署員は、自分が不在のときこそ気を張れ。小さい子どもがいる家庭ならなおさらだ。『鍵かけたつもりだった』で済む話じゃねぇからな。」
「……俺も子供が保育園で親待ちしてたとき、迎えに行けずに冷や汗かいたことある。あの時の嫁の目は、マジで刺さった。」
ざわっとした空気に一瞬だけ笑いが起きる。
「質問は?」
「ありません。」
「じゃあ会議終わり。通常業務に戻れ。」
詰所に戻った静けさの中で、椅子が引かれ、タイピング音が再び広がっていく。
早瀬は缶コーヒーを口に運びながら、ふと眉を寄せた。
児相職員……まさか、とは思ったが、それ以上は何も考えず、モニターに目を戻した。
──そしてその数分後。
岡田がそっと早瀬の席の横に寄ってきて、小声で囁いた。
「ちなみに……昨日の児相職員、佐原さんでした。ばっちり対応してくれて、助かりましたよ。」
ニヤッと笑う岡田を、早瀬はほんの一瞬だけ睨んで、それからモニターに目を戻した。
「……そうか。」
それだけ言って、キーボードを打つ指先だけがわずかに速くなった。
早瀬は冷めかけた缶コーヒーを手に、詰所の申し送りに耳を傾けていた。
「……じゃあ、次。岡田、昨夜の件。」
新田が視線だけで促すと、岡田が手を挙げて立ち上がる。
どこか張り切った様子で、声がわずかに弾んでいる。
「昨夜23時ごろ、杉並区高円寺南四丁目の住宅街で、3歳くらいの男の子が一人で歩いているのを、巡回中の交番員が発見・保護しました。見た目や話し方から3歳程度、名乗れず、持ち物にも身元を示すものなし。」
早瀬はモニター越しに岡田の顔を一瞥して、黙って資料に目を戻す。
「すぐに児童相談所へ連絡を入れ、対応してもらいました。児相職員の到着後、男の子の靴のラベルから“マサト”という名前が確認され、やりとりの中で本人もそれを認めたとのこと。」
“児相職員”──その言い方に、早瀬の手がわずかに止まりかけたが、顔には出さず続きを聞く。
「しばらくして、母親が現場に駆けつけました。パジャマ姿で、かなり取り乱していた様子でしたが、寝ている間に子どもが家を出てしまったとのこと。怪我なども見られず、児相の判断で母親に引き渡しています。」
一拍置いて、岡田が言葉の色を少し変える。
「なお、男の子の父親は杉並署・刑事課所属の安藤賢介巡査部長。夜勤中だったとのことです。」
詰所が一瞬静かになる。
新田は鼻を鳴らして、「なんだよ」とぼやいたあと、やや強めの口調になる。
「俺からも言っとく。家庭ある署員は、自分が不在のときこそ気を張れ。小さい子どもがいる家庭ならなおさらだ。『鍵かけたつもりだった』で済む話じゃねぇからな。」
「……俺も子供が保育園で親待ちしてたとき、迎えに行けずに冷や汗かいたことある。あの時の嫁の目は、マジで刺さった。」
ざわっとした空気に一瞬だけ笑いが起きる。
「質問は?」
「ありません。」
「じゃあ会議終わり。通常業務に戻れ。」
詰所に戻った静けさの中で、椅子が引かれ、タイピング音が再び広がっていく。
早瀬は缶コーヒーを口に運びながら、ふと眉を寄せた。
児相職員……まさか、とは思ったが、それ以上は何も考えず、モニターに目を戻した。
──そしてその数分後。
岡田がそっと早瀬の席の横に寄ってきて、小声で囁いた。
「ちなみに……昨日の児相職員、佐原さんでした。ばっちり対応してくれて、助かりましたよ。」
ニヤッと笑う岡田を、早瀬はほんの一瞬だけ睨んで、それからモニターに目を戻した。
「……そうか。」
それだけ言って、キーボードを打つ指先だけがわずかに速くなった。