眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
「おいみんな、ダラダラしてないでさっさと上がれよ。家族の時間も大事だぞ」

新田の声が、生活安全課の空気をほぐすように響く。

「了解です」と他の署員たちが返しながら、パソコンを次々に閉じはじめた。
椅子を引く音、ロッカーを開ける音、机の上をざっと片付ける気配。

そのざわめきを背中で受けながら、早瀬は自分のスマホを手に取った。

画面には、昼過ぎに送ったメッセージへの返信が2通。

《今日休みだから、何時でも大丈夫です。たくみさんに合わせます》
《今日、何食べたい?》

(……何食べたい、か)

視線を落としたまま、指を動かす。

《花音の料理が食べたい》

送信。

数秒と経たずに、ポン、と既読がついた。

そして、短い返信。

《了解!》

無線かよ、と内心で小さく笑う。

気づけば、どこか背筋に残っていた業務モードの緊張が、すっとほどけていた。

「……お疲れさまでした」

静かに言って、席を立つ。

ロッカー前でまだぐずぐずしていた岡田には、わざと睨みを効かせて一言もなく通りすぎる。

岡田は「うっ」と気配だけで怯んでいたが、それ以上の言葉は不要だった。

廊下を抜け、正面玄関の扉を開けると、夕暮れの光が伸びている。

少しだけ、足取りが軽くなる。

今日の帰り道は、何だかいい夜になりそうだ。
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