眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
ソファに座り、花音の腕をそっと手元に引き寄せたまま、匠は少し言い淀んだように言った。

「……昨日、当直中に現場行った? 深夜の徘徊の件。」

「うん、行ったよ。なんともなかったけど。」

花音が穏やかに答えると、匠は洗い物を終えて手を拭きながら、ソファの横をトントンと叩いた。
「おいで。」

その声に、花音が隣に腰を下ろすと、匠は目を合わせず、視線を前に向けたままぽつりとこぼした。

「……やっぱり、花音だったんだな。岡田が朝からなんか得意げでさ。『児相の人、癒し系でした』って言ってる時点で、ピンときたけど。」

「ふふっ、そうだったんだ。」

「……俺、イライラするから、仕事中は花音のこと忘れようとしてるんだよ。だけどさ――思い出したくなくても、書類にいるんだもん。」

花音が瞬きをする。

「佐原花音、って。記録にも、報告にも、あちこちに名前があってさ。しかも署員もみんな、『児相の佐原さんが』『佐原さんと連携を』って……仕事違うのに、花音がそこらじゅうにいる。」

「……仕事中、忘れようとしてるの、ひどい。」

そう小さく抗議するように呟くと、匠はやっと彼女の方に顔を向けて、ゆるく微笑んだ。

「うん、ごめん。」

そう言って、花音の頭を優しく撫でる。
その手は照れ隠しではなく、確かめるように、慈しむように。

「……忘れたいわけじゃないんだ。ただ、俺、自分の中の独占欲がうっとおしいなって思うことがある。岡田の言葉にムカついたり、花音が誰かに笑いかけてるのを思い出して勝手に不機嫌になったり……。でも、もう止まんないんだよな。」

花音は少し目を見開いたあと、そっと彼の胸に額を寄せる。

「それってさ……仕事として、じゃなくて。人として、ちゃんと愛してくれてるってことだよね。」

匠は、言葉にしなかったが、腕を回して花音を強く抱き寄せた。
その瞳には、不安や焦り、そして何より深く静かな想いが浮かんでいた。

「……そう。俺の、全部だよ。」

その声は、誰にも聞かせるつもりのない、独白のようだった。
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