眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
匠の腕がそっと花音の背中を抱き寄せた。
でも、その力はどんどん強くなっていく。

「……た、たくみ……?」

「うん。」

「……ちょっと、くるし……」

「ごめん。もうちょっと。」

「えっ、ちょっとほんとに……あの、肋骨が……」

「……それぐらい、離したくないってこと。」

「ロマンチックに言っても、物理は物理……っ!」

花音がもぞもぞと動くと、匠はようやく少し力を緩めた。
でもその顔は真剣で、まっすぐ花音を見つめたままだ。

「花音が、誰かに“癒し系”とか言われてんの、聞きたくないんだよ。俺だけが知ってる、怒った顔も、泣きそうな顔も、油断して寝落ちする顔も――そういうの、全部俺のもんであってほしい。」

花音は、ぎゅうっと抱きしめられたまま、少しだけ口元を緩める。

「たくみってさ……やっぱ独占欲、強いね。」

「うん、自覚ある。」

「イライラするから仕事中は忘れようとしてる、ってのはどうかと思うけど。」

「……だって、ほんとにどこ見ても“佐原花音”って名前出てくるんだもん。あれ絶対、署内に仕掛けられた恋愛トラップだよ。無意識に刷り込みされてる。」

「なんで児相の仕事がステルスラブレターみたいになってんの。」

「いや、ほんと。もういっそファイルの表紙に“匠の彼女”って書いといてほしい。」

「それ職権乱用どころか前代未聞だよ……」

二人で小さく笑い合うと、匠がまたそっと花音の肩を抱き寄せた。
今度は、ちょうどいい力加減で、ぬくもりだけが静かに伝わってくる。

「……でもほんと、苦しくなるぐらい好きなんだよ。」

「うん。ちょっと肋骨はびっくりしたけど――伝わった。」

「ごめん、次から気をつける。」

「ほんとだよ。今度抱きつくときは、“深呼吸してから”って書いておいてほしいくらい。」

「メモっとく。冷蔵庫に貼っとく?」

「やめて。冷蔵庫はナムル用。」

彼の胸に顔をうずめながら、花音は静かに目を閉じた。
安心と笑いが同時に胸を満たしていく――それが、彼との時間だった。
< 152 / 247 >

この作品をシェア

pagetop