眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
静かな時間が流れていた。
抱き寄せた花音の体温が、じんわりと胸に染み込んでくる。

ふと、腕の中で彼女がわずかに動いた。
顔を見下ろすと、まぶたが半分落ちかけている。

「……寝てんのか?」

声をかけるのもためらわれて、そっと髪に触れる。
シャンプーの香りがふわりと立って、柔らかくて、思わず目を細めた。

そのまま髪をゆっくり撫でてやると、スースーと寝息が聞こえ始めた。
本格的に、眠ってしまったらしい。

疲れてるんだ――そう思った。

当直明けの夕方、仮眠はとっていると言っていたが、彼女の“仮眠”は、休息じゃない。
あくまで“最低限”をつないで、また現場に戻るためのものだ。

警察官なら、いざというとき代わりがいる。
だが、児相には常時交代要員がいるわけじゃない。
何度も一緒に現場を走ってきたから、それは痛いほどわかる。

それでも、彼女は引かない。
子どもたちを、親たちを、そして家庭という壊れかけた小さな世界を、何度でも立て直そうとする。
限られた人員で、限られた時間の中で、それを続けている。

俺たち警察官と、同じように動いている。
だけど、体力も違えば、扱うものの重さの質も違う。
まして、彼女は“感情”でさえ業務の一部にしている。

そんなことを、誰が当たり前だなんて言えるんだ。

思わず、腕にぐっと力が入る――
でも、すぐに気づいて、力を緩めた。

そっと、額に唇を寄せる。
一瞬、彼女が身じろぎしたが、すぐにまた、穏やかな寝息を立てた。

子どもたちを守ることも、彼女を守ることも――
自分にとっては、何の違いもない。

どちらも、命を懸けて向き合うに値する存在だ。

彼女は、ただの恋人なんかじゃない。
花音という人間の背中には、いくつもの重い現場の痕跡が刻まれている。
それでも誰かのために泣いて、笑って、踏ん張っている。

だからこそ――

今日は、何もさせたくなかった。
戦わせたくなかった。
ただ、安心して眠っていてほしかった。

「……おやすみ。」

そう小さくつぶやいて、匠はそっと彼女の髪に指を絡めた。

慈しむように、丁寧に。
この夜は、ただ彼女の安らぎのためにだけ使おうと思った。
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