眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
スマホが手の中で温もりを持つ。
ホームボタンを押すと、画面の最上部に「匠」の名前が浮かぶ。

迷った末に、発信。

2コールで応答があった。

「お、花音。大丈夫か?」

その声に、ほんの少しだけ喉の奥が熱くなる。

「……うん、大丈夫。って言うか、聞いただけで泣きそうになるのやめてほしい」

「はは、何それ。泣くくらいなら電話して正解」

匠の声のトーンは柔らかい。
けれど、その向こうにはパトカーの無線がわずかに混じっていて、これから夜勤に向かうことがわかった。

「今、出るとこ?」

「ああ、これから夜勤。でも、声聞けてよかった。無理してない?」

「……してる。でも、それが仕事だもん」

短く沈黙が落ちた。

匠はそれを責めるでも、肯定するでもなく、ぽつりと一言だけ。

「――ちゃんと寝ろよ。明日、花音が起きてる時間に帰るから」

その何気ない一言に、胸の奥の緊張がすっとほどけていく。

「……ありがと。気をつけてね」

「任せとけ。おやすみ、花音」

「うん、おやすみ、たくみ」

通話が切れても、しばらくスマホを見つめていた。
真っ暗な画面に自分の顔が映り込む。
疲れて、泣いたあとの顔。

でも――たった二言三言のやり取りで、心は少し軽くなっていた。

明日、また叩く。玄関を。心を。
それがたとえ何十回目でも。

花音は、静かにスマホを枕元に置いた。
< 167 / 247 >

この作品をシェア

pagetop