眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
午後、児童相談所に戻った花音は、すぐに会議室に入った。
報告を受けるのは、朝岡係長と三宅。

資料を手元に置きながら、花音は落ち着いた口調で話し始める。

「本日、赤尾宅への家庭訪問を行いました。母親の香澄さんが初めて応対されました。家の中は、生活感はあるものの極端に荒れてはいません。ただ――いくつか、懸念すべき点があります。」

朝岡が目を細めてうなずき、三宅はノートを広げた。

「まず、机の上に市販の鎮咳薬が無造作に置かれていました。咳の症状は見られず、服用目的に疑義があります。過量服薬、いわゆるオーバードーズの兆候かもしれません。」

「なるほど……本人の精神的負担が強く疑われるね。」

朝岡が低く呟く。

「はい。さらに、香澄さんは“眠れていない”と明言しています。原因は悠真くんの“夜泣き”とのことでしたが……悠真くんは小学2年生。年齢から考えても、通常の夜泣きとは少し様相が違うと思います。」

三宅が目を上げる。

「それって、精神的な退行とか、不安の現れってこと?」

「可能性はあります。香澄さん自身もかなり疲弊していて、悠真くんの状態に適切に対応できていない印象でした。……つまり、母親の心理的・身体的限界が近づいていて、同時に、悠真くんの不安が家庭の中で増幅している。悪循環のサイクルができつつあります。」

朝岡は腕を組み、真剣な表情でまとめた。

「赤尾ケース、今後の対応を一段階引き上げよう。香澄さんのメンタルチェック、外部機関との連携も含めて検討。あと、悠真くんの情緒面へのケアを、校内とも協力して進めないといけないね。」

三宅も頷いた。

「学校もすでにいっぱいいっぱいですしね。医療・福祉との連携プラン、早めに組んでおきましょう。」

花音は、小さくうなずきながら、手元のメモをそっと閉じた。

「……あの母子が壊れる前に、できるだけ早く手を打ちたいです。」

静かに、しかし確かな決意をこめて花音は言った。
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