眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
花音は赤尾香澄のかつての通院先を調べ、昼下がりの静かな事務所内で、該当するクリニックへ電話をかけた。
「申し訳ありません、現在ケースワーカーは対応中でして……代わりに、担当の心理士にお繋ぎします」
受付の声の後、少しの保留音。
そして、耳に届いたのは、聞き慣れた声だった。
「お待たせしました。心理士の中島です」
……え?
花音は、ほんの一瞬、思考が止まる。
「……杉並児童相談所の佐原花音です」
その言葉に、電話の向こうが凍りついたような沈黙を挟んで──
「……え、花音? ちょっと待って、え、ほんと?」
思わず花音は、携帯を持ったまま相談室の個別スペースへと移動した。
「ちょっと、ごめん。……え、ここ、瑠奈のクリニックだった?」
「うん。言ってなかったっけ? ていうか、なんで私に繋がるの……って、赤尾香澄さんって、あの?」
「そう……香澄さん、今うちでケース持ってるの。私が担当」
電話越しに、ふたりはほぼ同時に「まじか」と呟く。
「赤尾さん、以前ここにかかってたって記録があって。連絡したら、まさかの瑠奈だった。ほんと奇跡みたいな巡り合わせ」
「いやほんと……でも、花音が担当なら、安心だ」
瑠奈の声が少し柔らかくなる。
「彼女、正直ギリギリだよ。うつの再発も疑ってる。未婚でひとり親、父親不明ってことで社会的孤立感もかなり強い。薬に依存しかけてる兆候もあるし、子どもとの関係もかなり不安定」
花音は深くうなずきながら、メモを取りはじめた。
「今日、初めて玄関を開けてくれた。でも、悠真くんは学校に行ってて、部屋に鎮咳薬が置いてあった。香澄さん、自分で“眠れない”って……」
「夜泣きって言ってた?」
「そう。“悠真が夜泣きするの、もう大きいのに”って」
「それ、たぶん香澄さん自身の夜間不安が原因だと思う。うちで診てたときも“眠れないのは子どものせい”って言ってたけど、実際は彼女の方が不安定で、感覚がずれてる部分がある。解離傾向っていうか……」
「なるほど……」
「こっちでも医師には共有するし、今からでも受診の打診はできる。介入、急いだ方がいいかも。悠真くんの安定にも直結すると思う」
「ありがとう、瑠奈。まさかだけど、心強いよ」
「私も。花音なら、きっとちゃんと関わってくれるって思える」
電話の向こうの声が、かすかに笑った。
「またごはん行こうね」
「うん、絶対行く。じゃあ、こっちは改めて正式に照会かけるから」
「了解、待ってる」
電話を切ったあと、花音はひとつ、深く息を吐いた。
偶然とは思えないタイミングの再会。
そこには、見えない糸で繋がるような「巡り合わせ」の重みが確かにあった。
「申し訳ありません、現在ケースワーカーは対応中でして……代わりに、担当の心理士にお繋ぎします」
受付の声の後、少しの保留音。
そして、耳に届いたのは、聞き慣れた声だった。
「お待たせしました。心理士の中島です」
……え?
花音は、ほんの一瞬、思考が止まる。
「……杉並児童相談所の佐原花音です」
その言葉に、電話の向こうが凍りついたような沈黙を挟んで──
「……え、花音? ちょっと待って、え、ほんと?」
思わず花音は、携帯を持ったまま相談室の個別スペースへと移動した。
「ちょっと、ごめん。……え、ここ、瑠奈のクリニックだった?」
「うん。言ってなかったっけ? ていうか、なんで私に繋がるの……って、赤尾香澄さんって、あの?」
「そう……香澄さん、今うちでケース持ってるの。私が担当」
電話越しに、ふたりはほぼ同時に「まじか」と呟く。
「赤尾さん、以前ここにかかってたって記録があって。連絡したら、まさかの瑠奈だった。ほんと奇跡みたいな巡り合わせ」
「いやほんと……でも、花音が担当なら、安心だ」
瑠奈の声が少し柔らかくなる。
「彼女、正直ギリギリだよ。うつの再発も疑ってる。未婚でひとり親、父親不明ってことで社会的孤立感もかなり強い。薬に依存しかけてる兆候もあるし、子どもとの関係もかなり不安定」
花音は深くうなずきながら、メモを取りはじめた。
「今日、初めて玄関を開けてくれた。でも、悠真くんは学校に行ってて、部屋に鎮咳薬が置いてあった。香澄さん、自分で“眠れない”って……」
「夜泣きって言ってた?」
「そう。“悠真が夜泣きするの、もう大きいのに”って」
「それ、たぶん香澄さん自身の夜間不安が原因だと思う。うちで診てたときも“眠れないのは子どものせい”って言ってたけど、実際は彼女の方が不安定で、感覚がずれてる部分がある。解離傾向っていうか……」
「なるほど……」
「こっちでも医師には共有するし、今からでも受診の打診はできる。介入、急いだ方がいいかも。悠真くんの安定にも直結すると思う」
「ありがとう、瑠奈。まさかだけど、心強いよ」
「私も。花音なら、きっとちゃんと関わってくれるって思える」
電話の向こうの声が、かすかに笑った。
「またごはん行こうね」
「うん、絶対行く。じゃあ、こっちは改めて正式に照会かけるから」
「了解、待ってる」
電話を切ったあと、花音はひとつ、深く息を吐いた。
偶然とは思えないタイミングの再会。
そこには、見えない糸で繋がるような「巡り合わせ」の重みが確かにあった。