眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
守る者が、守られるとき
当直明けの午前、花音は空を見上げた。
低く垂れ込めた曇天。
肌にまとわりつくような湿気が、胸の奥の不安を余計に濃くする。
職場のロッカーで荷物をまとめると、そのまま赤尾宅へと歩き出した。
(昨夜も、電話はつながらなかった…)
履き慣れたローファーが歩道のわずかな段差を踏むたび、小さく音を立てる。
疲労感が足に重くのしかかるが、むしろそれが神経を研ぎ澄ませていた。
(悠真くん、学校、どうしてるかな…
香澄さん、ちゃんと起きられてるかな…)
いつもより、歩くのが少し遅い。
足が重いのではなく、「何か」を避けるように、躊躇いが混じっていた。
角を曲がると、赤尾宅が見えてくる。
静かだった。
窓は閉まり、カーテンも引かれたまま。洗濯物も出ていない。
昨日の雨で濡れた地面に、誰かの足跡すらないように見えた。
(大丈夫、大丈夫…いつも通り、インターホンを押して、香澄さんが出てくれたら、それでいい)
花音はそう自分に言い聞かせながら、ポケットから職員証を確かめ、静かに門扉を開けた。
小さな音すら、今日は神経に触れた。
玄関前に立ち、深く息を吸う。
インターホンのボタンに指をかけるその瞬間、どこか遠くで風が吹いた気がした。
――肌寒い。だが、それは秋風というより、胸騒ぎだった。
「……赤尾さん、杉並児相の佐原です。お約束の時間になりました。ご在宅ですか?」
応答は、ない。
(まだ、寝てる?それとも、外出……?いや、そんなはずは)
もう一度、ゆっくりとチャイムを押す。
耳を澄ます。
しかし返ってくるのは、しんとした沈黙。
聞こえるのは、自分の呼吸と、心臓の音ばかり。
(……いる。気配はある)
花音は息を飲むと、扉にそっと手をかけた。
――開いている。ロックはかかっていない。
その瞬間、脳裏を過ぎるのは、悠真くんの顔、そして香澄の言葉だった。
「……私なんて、いない方がいいのよ」
玄関の隙間から、ぬるい空気が漏れてきた。
何かが、違う。
「赤尾さん、入りますね――!」
花音は、決意とともに足を踏み入れた。
低く垂れ込めた曇天。
肌にまとわりつくような湿気が、胸の奥の不安を余計に濃くする。
職場のロッカーで荷物をまとめると、そのまま赤尾宅へと歩き出した。
(昨夜も、電話はつながらなかった…)
履き慣れたローファーが歩道のわずかな段差を踏むたび、小さく音を立てる。
疲労感が足に重くのしかかるが、むしろそれが神経を研ぎ澄ませていた。
(悠真くん、学校、どうしてるかな…
香澄さん、ちゃんと起きられてるかな…)
いつもより、歩くのが少し遅い。
足が重いのではなく、「何か」を避けるように、躊躇いが混じっていた。
角を曲がると、赤尾宅が見えてくる。
静かだった。
窓は閉まり、カーテンも引かれたまま。洗濯物も出ていない。
昨日の雨で濡れた地面に、誰かの足跡すらないように見えた。
(大丈夫、大丈夫…いつも通り、インターホンを押して、香澄さんが出てくれたら、それでいい)
花音はそう自分に言い聞かせながら、ポケットから職員証を確かめ、静かに門扉を開けた。
小さな音すら、今日は神経に触れた。
玄関前に立ち、深く息を吸う。
インターホンのボタンに指をかけるその瞬間、どこか遠くで風が吹いた気がした。
――肌寒い。だが、それは秋風というより、胸騒ぎだった。
「……赤尾さん、杉並児相の佐原です。お約束の時間になりました。ご在宅ですか?」
応答は、ない。
(まだ、寝てる?それとも、外出……?いや、そんなはずは)
もう一度、ゆっくりとチャイムを押す。
耳を澄ます。
しかし返ってくるのは、しんとした沈黙。
聞こえるのは、自分の呼吸と、心臓の音ばかり。
(……いる。気配はある)
花音は息を飲むと、扉にそっと手をかけた。
――開いている。ロックはかかっていない。
その瞬間、脳裏を過ぎるのは、悠真くんの顔、そして香澄の言葉だった。
「……私なんて、いない方がいいのよ」
玄関の隙間から、ぬるい空気が漏れてきた。
何かが、違う。
「赤尾さん、入りますね――!」
花音は、決意とともに足を踏み入れた。