眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
朝の生活安全課は、いつもと変わらない空気に包まれていた。
コーヒーの香りと、プリンターの立てる小さな音。
慌ただしくも緩やかに、一日が動き出す。

「……この地図、いつのだよ。平成初期かってくらい古いっすよ」

岡田が壁の地図を指差して、ぼやくように笑う。
つられて何人かが「それ、俺が来たときからあった」「むしろ捨てんなよ、縁起物だから」と軽口を叩き合っていた。

そんな、ほんのわずかな緩みを裂くように――無線が鳴った。

「杉並署生活安全課、こちら警視庁本部。
至急対応依頼あり。
杉並区今川四丁目にて自殺未遂の通報、練炭によるものとみられる。
消防より連絡入電済み。
現場には児童相談所職員が対応中。
詳細は追って。
該当者の身元は確認中、至急出動されたい」

早瀬の手が止まった。

今川――? 練炭……?
児相職員がすでに現場に?

その瞬間、胸に冷たいものが走った。
(……まさか)

岡田も顔をしかめた。

「今川四丁目って……赤尾んとこじゃないっすか?」

早瀬は椅子を蹴るようにして立ち上がった。
胸騒ぎが、喉元を締めつける。
まさか。だが、嫌な予感は時に的中する。

「俺が行く。車、すぐ出せ!」

廊下に響く足音が、緊張の高まりを物語っていた。
朝のぬるい空気が、すでにどこにも残っていなかった。
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