眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
パトカーが裏門を抜けた瞬間、早瀬は赤色灯のスイッチを叩いた。鋭いサイレンが空に刺さる。
アクセルを踏み込み、車体が前へと跳ねるように動き出す。

助手席の岡田がタブレットで住所を確認しているのが目に入るが、早瀬の意識はすでに今川の団地に飛んでいた。

(花音さんが……)

児相職員が対応中――その一文が、頭から離れなかった。

夜勤明けの家庭訪問。もしタイミング的に当たっているなら、彼女しかいない。

「消防の通報、何時って出てた?」
「10分前です。通報者不明、でも児相ってのが気になるっすね。担当職員って……」

「……佐原花音の可能性が高い」

低く押し殺した声でそう答えると、岡田がハッとこちらを見た。
けれど、早瀬の視線は道路の先――信号や車列の動きに釘付けだった。

(彼女が一人で現場に入ってて、もし、閉め切られた室内で……)

最悪の可能性が脳裏をかすめる。煉炭、一酸化炭素、無臭、無色――気づかないまま倒れる。救急要請ができたとしても、それが最後の行動だったら?

(そんなの、冗談じゃない……!)

早瀬はハンドルを握る手に、無意識のうちに力を込めた。
白い指の関節が浮き上がる。

(お願いだから、無事でいてくれ)

緊急車両に道を譲る車列の中を縫うように、早瀬はパトカーを走らせた。
普段なら選ばない細い裏道にも迷わず入る。

心臓の鼓動だけが、耳の奥でどんどん速くなっていく。
それは、サイレンの音よりも、ずっと強く早瀬の内側を打ち鳴らしていた。
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