眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
病院の救急入口付近の駐車場に車を滑り込ませると、早瀬は車を降り、受付にまっすぐ向かった。

「杉並署、生活安全課の早瀬です。今朝運ばれた児相職員の佐原花音さんに関して……」

応対に出た看護師が、カルテを確認しながら応じる。

「佐原さんですね。まだ治療中です。こちらの処置室に入っていますので、申し訳ありませんが、前でお待ちください」

促されるまま、処置室の前の長椅子に腰を下ろす。
時計を見れば、搬送されてからすでに一時間が経とうとしていた。

(一時間か……)

ただ座っているだけなのに、時間が鋭く突き刺さるように過ぎていく。
何もできない――その事実が、たまらなく苦しかった。

花音の顔が浮かぶ。
玄関前でぐったりと壁にもたれかかっていた彼女。
抱きかかえたときの、あまりに軽く感じた体。
呼吸は浅く、意識は朧げだった。

(……なんで、またお前なんだよ)

心の中で、誰にぶつけるでもなく呟いた。

つい昨日の夜だって、彼女は疲れた笑顔で言っていた。
「子どもを守る仕事って、きっと自分が壊れないようにバランス取るのがいちばん難しいんです」
冗談めかして笑っていた、あの表情を思い出す。

(それなのに……どうして、またお前が倒れるような状況に……)

拳を握った。
歯を食いしばった。

(なんで守れないんだよ、俺は……)

あの現場に一番に駆けつけるべきだったのは自分だ。
もっと早く気づいていれば。
もっと踏み込んでいれば。

(何度、同じことを繰り返せば気が済む……)

彼の胸の中には、どうしようもなく冷たい過去の記憶がよみがえる。
届かなかった手。
救えなかった命。
あのときと同じ無力感が、喉元を締めつけるように広がっていた。

ただただ、処置室の扉を見つめることしかできない自分が情けなかった。
でも、それでも――

(頼むから、花音……)

目を閉じ、早瀬は静かに祈るように願った。

(無事でいてくれ……)

この扉の向こうにいる彼女が、再び自分の名前を呼んでくれるその瞬間を、ただ待ち続けた。
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