眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
匠のスマホから、すぐに母親の少し高めの声が響いてきた。
スピーカーにはしていないけど、すぐ近くで耳を澄ませていると、自然と言葉が入ってくる。

「ねえ、匠。ニュース見たのよ。杉並の児相の職員が運ばれたって……まさか花音ちゃんじゃないわよね!?」

一瞬、匠の腕にわずかに力が入った。ほんの短い間をおいて、低い声で言う。

「……花音だよ、それ」

一拍の静寂。

その直後、スマホ越しにもはっきり聞こえるほどの悲鳴に近い声が上がった。

「ええっ!!花音ちゃん、大丈夫なの!?今どこにいるの!?」

胸の奥にまで届くような母親の動揺。思わず息を呑んだそのタイミングで、匠がさらりと返す。

「今、俺の膝の上にいる」

「……っ!!」

わりと本気で花音は匠の胸をバシンと叩いた。
「ちょっと!そういうの今言う!?」

「事実でしょ」と悪びれずに返す匠に、睨みを効かせるが、その様子を聞いていた母親の声は、急に安心したように柔らかくなった。

「あら、そうなの。……なら安心ね。とりあえず無事でよかったわ」

その声には、安堵と同時に、何かを抱きしめたくなるような優しさがにじんでいた。

「匠、もし仕事の日で通院とか買い物が必要なら、私が代わりに行くから。花音ちゃん、実家少し遠いでしょう? だから、うちのこと近所のおばさんだと思って、いつでも頼ってって伝えといて」

「……うん、わかった。伝えとく」

匠の返事を聞いて、花音はそっと匠の肩に額を預けた。
どこか体の深いところで、ぽかんと開いていた穴に、ふんわりと何かが注がれたような気がした。

ああ――私、ちゃんと、生きて帰ってきたんだな。
ここにいていいって、こんなふうに迎えてもらえる場所があるんだなって。
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