眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
夕食を終え、片付けを済ませた後、花音はソファに座って、匠が持ち帰ってくれた紙袋からそっとシフォンケーキの箱を取り出した。

淡い焼き色に、ふわっと漂う甘い香り。
丁寧に切り分けて、ひと口かじる。

「……ん、おいしい」

しっとりふわふわで、優しい甘さ。どこか懐かしくて、心がほどけていく。

「これ、匠くんのお母さん……由香里さんの味だよね。なんか、家庭の味って感じする」

匠は湯呑みに熱いお茶を注ぎながら、にこりと笑った。

「だろ? あの人、お菓子作りに命かけてるからな。季節ごとにケーキのラインナップ変わるから要注意」

「それ、プロの店より本気なやつじゃん……」

ふたりで笑い合いながら、お茶を啜る。心の奥に残っていた重さが、少しずつ溶けていくようだった。

「そういえばさ、さっき朝岡さんから連絡来てたの。『書類、受け取りました』って」

ケーキをもう一口頬張りながら、花音はそう呟いた。

「『長期休業でも全然構いませんので、しっかり休んでください』って。……ただでさえ人手不足なのに、朝岡さん、ほんと優しいよね」

匠はソファの反対側で少し体を斜めにして、頷いた。

「今日の電話でも言ってたよ。『花音さんには戻ってきてほしいから、無理せず準備して、復帰に向かってほしい』って。あの人、言葉選びすごく丁寧だし、芯があるよな」

「うん……朝岡さん、たまに雑談長いけど、それもなんか安心するんだよね」

「それ、ある。電話で『じゃあ、また』って言ってから切れるまで長いやつ」

「そうそう、『あ、あとひとつだけ』が3回くらい続くやつでしょ?」

ふたりで吹き出す。

「でもなんか、あの人の話って無駄がないっていうか。たまに“私の脳内メモ帳にメモります”って言いながら話してくれるの、地味に好き」

「それ俺も聞いたことあるわ。『はい、メモりました、じゃあ次のコマンド』って言ってた」

「コマンドって(笑)……RPGの世界観?」

「いや、朝岡さんたぶんドラクエ派」

「絶対そう。あの人、勇者に転職済みだと思うもん」

「いや、実は賢者ルートから入ってるやつね」

「なるほど、魔法も回復もできるやつ!」

そうして、笑い声が部屋に満ちていく。

静かな夜、甘いケーキと、温かいお茶と、誰かと笑い合える時間。

それだけで、もう十分だった。
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