眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
夜。
カーテンの隙間からわずかに街灯の光が差し込む薄暗い寝室で、花音は匠の腕の中にすっぽりとおさまっていた。

シャツ越しに伝わる匠の体温と、静かに繰り返される呼吸のリズム。
それだけで、体の力が少しずつ抜けていくのがわかる。けれど──

「……ちょっと、息が速いかも」

匠が囁くように声をかけた。

「大丈夫? ゆっくり、息して」

「うん……なんか、ちょっと怖いというか……大丈夫って、わかってるんだけどね」

花音はそう答えながら、自分でもうまく言葉にできない感覚を探っていた。
恐怖とは違う。
でも完全に平常でもない。
身体だけが、記憶の奥でまだ怯えているような感覚。

匠は、そんな花音の迷いも全部包み込むように、言葉を落とす。

「怖くなったら、いつでも起こして。……ぎゅーってすれば、大丈夫でしょ?」

ふと、口元が緩む。

「……うん」

こくりと小さく頷きながら、花音は微笑んだ。

「ね、明日……たくみ、夕方には帰ってくる?」

「何もなければ帰るよ。……というか事件なんて起こさせないから」

匠は冗談めいて笑ってみせた。

その響きに、胸の奥の張り詰めたものがふっと和らぐ。
花音は、そっと背中に回していた腕に力を込めて、匠のシャツをぎゅっと握ると、そのまま胸元に顔を埋めた。

ぬくもりが頬に当たり、鼓動の音が耳の奥に響く。

匠の手が、ゆっくりと頭を撫でる。
優しく、迷いのない手つきで。

やがて──

花音の呼吸が落ち着き、深く、静かになっていった。

夜はまだ続くけれど、今だけは、この腕の中で大丈夫。
そんな確かな感覚に包まれながら、花音は静かに目を閉じた。
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