眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
夜も更けて、花音は由香里さんに案内されて、かつて匠が使っていた二階の部屋に通された。

温かい色合いのカバーが掛けられたベッドに腰を下ろし、ふと天井を見上げる。

少しだけ匠の匂いが残る気がして、思わず微笑んだ。

「そろそろ寝ようかな……」

そうつぶやいて、足元の布団をめくろうとすると、ミルクが「にゃー」と鳴きながらぴょんと乗ってきた。くるりと丸くなり、花音の足元に落ち着く。

「あ、来たの……じゃあ一緒に寝よっか」

そのとき、スマホが震えた。
画面には《早瀬匠》の文字。
花音は小さく「ふふ」と笑って通話を取る。

「もしもし」

『……起きてた?』

匠の少し低めの声が耳に届く。
夜のせいか、どこか柔らかくて、息が近い気がした。

「うん、今ベッド入ったとこ。ミルクがもう陣取ってる」

『やっぱり。ミルク、君のこと気に入ってるからな……いいなぁ、俺もそこ行きたい』

「なにそれ。甘えすぎ」

『んー……でもさ、離れてると、やっぱちょっと落ち着かない』

「私のほうが落ち着いてるかも。なんだか安心して、久々に深呼吸できてる」

『それ、母さんたちが張り切りすぎてないか心配なんだけど……大丈夫だった?』

「うん、すごく優しくしてくれてるよ。お父さんの天然ボケが面白すぎて、お腹痛くなるかと思った」

『ははっ、それは良かった』

通話の向こうで、誰かの声が割って入る。

「早瀬〜、また彼女かよ!いいなぁ新婚か〜?」

「おい!音拾ってんだろ!黙ってろ!」
匠が慌てて手でマイクを押さえる音が聞こえる。

花音は思わず吹き出した。「ふふ、人気者だね」

『もう……マジで恥ずかしい。おやすみ言おうと思っただけなのに』

「……じゃあ、ちゃんと、言って」

『うん。……花音、おやすみ。ミルクと、いい夢見て。明日の昼までには帰るから』

「うん。匠も、あったかくして寝てね。……早く会いたいな」

『……うん。俺も』

短い沈黙のあと、どちらともなく「おやすみ」ともう一度言い合って、通話は静かに切れた。

ミルクが、喉を鳴らす音が小さく響く。
花音はスマホを胸元に置いたまま、静かにまぶたを閉じた。

その夜、久しぶりに何の不安もなく眠れる予感がしていた。
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