眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
夜の帳が静かに降りる頃。
一日の暑さもようやく和らぎ、窓の外には、どこか秋の気配を孕んだ風がすっと通り過ぎていった。

クローゼットの前で、花音は眉間にしわを寄せながら服を選んでいた。

行き先は、匠が「署の打ち上げでも使う」と言っていたレストラン。

カジュアルすぎず、気取りすぎず、それでいて少しだけ背筋の伸びる服装がいい。

「うーん……これかな」

ベージュのとろみ素材のブラウスに、黒のハイウエストのフレアスカートを選ぶ。

耳元には小さなゴールドのピアスを揺らし、手元には華奢なブレスレット。

姿見の前で髪を整えながら、アクセサリーボックスを手に取り、ネックレスをどうしようかと迷っていたとき――

「……そういえば、渡しそびれてたんだけど」

不意に背後から声がして、花音の肩がぴくりと揺れる。
鏡越しに映る匠が、そっと近づいてきていた。

「えっ、なに?」

「動かないで」

低く囁かれると同時に、首筋にひやりとした感触が落ちる。
繊細なチェーンに、小さな星のモチーフが光るネックレス。
鎖骨の上できらりと揺れるそれを、匠が軽く整えて言った。

「頑張ったご褒美。先週、誕生日だったでしょ? ちゃんと落ち着いて祝えなかったから」

花音は少し驚いた表情を見せた後、ふっと目元を緩めて笑った。

「ありがとう……すっごく素敵。でも……」

そう言いかけて、鏡の中の自分の首元にふと目をやる。

「……えっ」

花音の指が、ネックレスのすぐ下――鎖骨の下のあたりを押さえる。
そこには、うっすらと赤みを帯びた、小さなキスマークがくっきりと残っていた。

「ちょっと、なにこれ……!」

思わず声を上げて振り返ると、匠は肩をすくめてあっさりと答えた。

「うん。知ってる」

「知ってるって……っ、いつの間に……」

「さっき。ネックレスがちょうど隠れるかなーって思って」

「は……!? わざと!?」

「うん。だって、鏡見て気づくかなって。期待通りだった」

悪びれもなく言って、花音の唇が引きつる。

「ほんとに……なんでそういうことするの……」

頬をほんのり赤らめながらも睨むように見上げると、匠はにやりと笑った。

「でもさ、嬉しそうじゃん。隠さなきゃって思うくらいには気にしてるし」

「そ、それは……っ」

言い淀んだ花音の声に、匠がさらに追い打ちをかけるように耳元で囁いた。

「証、残したかっただけだよ。俺だけのって」

言葉とともに吹きかけられた吐息に、花音の頬が一気に赤くなる。

「……ずるい。ほんと、そういうとこ」

頬を膨らませる彼女の顔は、照れと怒りと、そしてどこか嬉しさの入り混じった複雑な色をしていた。

匠はそんな彼女を見て、満足げに微笑んだ。
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