眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
レストランのテーブルに灯るキャンドルが、控えめにゆらいでいた。

窓の外には、街の灯りがまばらに浮かび、10月の夜風がガラス越しに静かに揺れている。

「ここ、落ち着くでしょ」
匠がワイングラスを軽く揺らしながら言った。

「打ち上げとかでも使うけど、カジュアルすぎず、上品すぎず、ちょうどいいんだ」

「うん。なんか、空気までやわらかい感じする」
花音も、メニューを見ながらほっとしたように微笑んだ。

注文を終えると、2人は肩の力を抜いて、たわいもない話を交わした。

最近のテレビドラマの話、ミルクが朝からクローゼットに潜んでいたこと、匠の父が庭でキウイを育てたがっているという話。

どれも些細で、けれど温かい。

そんなときだった。

「…あれ? 花音?」

ふと通りかかった女性が声をかけてきた。
落ち着いたネイビーのワンピースに、スモーキーなベージュのコート。

肩につけたストールが、どこか柔らかい印象を添えていた。

「…瑠奈?」

「びっくり、偶然!」
花音が席を立ちかけると、隣に立っていた男性が、少し遅れて会釈した。

「はじめまして。青木海斗といいます。瑠奈さんの…その、付き合ってる人です」

どこか照れくさそうに笑いながら言った。
白いシャツにカーディガンというシンプルな装いが、落ち着いた物腰とよく合っている。

「そうなんですね…お噂は聞いてます。花音です、あ、佐原花音」
「早瀬です。中島さんには、うちの花音がいつもお世話になってます」

「いやいや、僕のほうこそ。瑠奈からよく話は聞いてて…」
海斗はそう言って少し目を細める。

「とても頑張ってる人だって。僕も、いろんなケースで関わりますが、佐原さんみたいな人が必要なんだって、そう言ってましたから」

花音は一瞬言葉を探したように視線を泳がせたが、すぐに顔を綻ばせて、「ありがとうございます」と言った。

「それじゃ、せっかくのお食事中に失礼しました。ね、瑠奈」
「うん、またね。あとでLINEするね」
「うん、待ってる」

2人が離れていくと、花音は小さく息を吐いて、グラスの水を一口含んだ。

「…中島さん、やっぱり優しいな」
「うん。そして、彼氏も好青年だった」
「認めるんだ」
「いや…俺のほうがいいけど」
「なにそれ、子どもみたい」

2人は小さく笑い合い、また夜の空気が静かに流れていった。
その空気の中で、灯りが、よりいっそうやさしく揺れた。
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