眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
デザートをひと口味わってから、花音は少し言葉を選ぶようにして呟く。

「…怖かったんだよ、ほんとは」

匠が目を向ける。
花音は、前を見たまま言葉を継いだ。

「恋愛も、結婚も。壊れるの、見てきたから。……仕事でも家庭でも、たくさん」

声は静かで、淡々としているけれど、重ねてきた年月の重みが滲む。

「愛してたはずの人に裏切られて、壊れて、子どもが巻き込まれて……。そのたびに思ってた。ああいうふうになるくらいなら、最初から持たないほうがましだって」

匠は返事を急がず、ただ、花音の言葉が落ち着くのを待つように、ワイングラスを指先で回した。

「でもね」

花音はふっと笑った。
今度は、彼に視線を向ける。

「今は、少しだけ思えるの。持ってもいいかなって。壊すのが怖くても、それでも……持ってみたいって」

「それ、俺のこと?」

「ほかに誰がいるのよ」

花音は、わずかに涙ぐんだ笑顔を浮かべた。

匠は照れたように笑いながらも、すっと手を伸ばして、花音の指にそっと触れる。

「壊れたら直せばいい。手間かけて、時間かけて、全部。俺も一緒に」

「……器用じゃないくせに」

「でも、諦めないよ。君が怖くなくなるまで、ずっと」

その言葉に、花音の目がまた少し潤んだ。

「……なんか、ずるいね。泣かされっぱなし」

「いいじゃん。泣いたらちゃんと拭く」

匠がナプキンをそっと差し出し、花音が受け取ると、また2人の間に柔らかな笑みが灯る。

そのとき、匠がふと、目を細める。

「……そういえば、言ってなかったよな」

「ん?」

「誕生日、おめでとう。花音」

唐突なその言葉に、花音は一瞬きょとんとし、それから、今度こそ本当に笑った。

「……ありがとう」

小さな声で、心から。
まるでその一言が、今日という日を、未来へとつなぐための鍵だったかのように。
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