諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
どうやら彼は似たような詩集を持ってきて、引っ込みのつかなくなった女性のプライドを損なわずに穏便に済ませる場面を提供してくれたらしい。そこに女性は甘んじて応じたのだろう。違う、とわかっていてもそれが自分のだと言ってしまったからにはもう二度と強く出られないだろうし、この後もあえて自分からは触れないかもしれない。
彼の判断に感謝しつつ今になって詩集のことが気になった。
「大事なものには変わりなかったんでしょうね。ナーバスな時に気にかけるくらいですから」
咲良はそこに気付けなかった。本を失くした、それを返してほしいという事実だけを受けとめてしまった。もっと推し量るべきだった。
ナーバスになっていたのは、咲良の方だったかもしれない。だからぶつかりあってしまったのかもしれない。
「たしかに、そうかもしれない。気に入った本が気持ちを落ち着かせるのは理解できるよ」
彼は手段としてだけではなく本好きらしい。それが伝わってくる。咲良は嬉しくなってつい声を弾ませていた。
「私も詩集は好きです。外国のハードカバーのものも、和の伝統文化を感じさせるものも。文化や言葉が違っても、表現の違いがあっても……心に残るものがありますから」
「うん」
彼が穏やかに頷く。
「私は通訳としてそういう――」
まるで雛を見守るような眼差しを注がれていることに気付き、咲良はハッと我に返った。
「あ、申し訳ありません。つい自分のことを語ってしまいました。それでは、この度は本当にありがとうございました。私はこれにて失礼いたします」
家元夫人が手招きするのが見えて咲良は慌てて辞そうとしたのだが。
「待って」と彼に引き留められる。
「もっと君の話を聞いてみたいな」
「え?」
「詩集といえば、君にすすめたい本があるんだ。趣味も合いそうだし……。よければ、今度、時間のあるときにふたりで食事にでもどうかな」
彼はそれこそ詩文でも読むみたいに流暢に咲良を誘った。咲良は目をぱちくりとさせて固まった。
これは……仕事の延長戦なのか。それとも男女の誘いなのか。どちらにもとれるような雰囲気があって判断がすぐにはできなかった。
もしデートの誘いなのだとしたら彼はだいぶ変わっている。極端に自嘲するつもりはないし、男性に誘われたことが一度もないとは言わないが、もの好きな人がいるものだと咲良は思う。
彼の判断に感謝しつつ今になって詩集のことが気になった。
「大事なものには変わりなかったんでしょうね。ナーバスな時に気にかけるくらいですから」
咲良はそこに気付けなかった。本を失くした、それを返してほしいという事実だけを受けとめてしまった。もっと推し量るべきだった。
ナーバスになっていたのは、咲良の方だったかもしれない。だからぶつかりあってしまったのかもしれない。
「たしかに、そうかもしれない。気に入った本が気持ちを落ち着かせるのは理解できるよ」
彼は手段としてだけではなく本好きらしい。それが伝わってくる。咲良は嬉しくなってつい声を弾ませていた。
「私も詩集は好きです。外国のハードカバーのものも、和の伝統文化を感じさせるものも。文化や言葉が違っても、表現の違いがあっても……心に残るものがありますから」
「うん」
彼が穏やかに頷く。
「私は通訳としてそういう――」
まるで雛を見守るような眼差しを注がれていることに気付き、咲良はハッと我に返った。
「あ、申し訳ありません。つい自分のことを語ってしまいました。それでは、この度は本当にありがとうございました。私はこれにて失礼いたします」
家元夫人が手招きするのが見えて咲良は慌てて辞そうとしたのだが。
「待って」と彼に引き留められる。
「もっと君の話を聞いてみたいな」
「え?」
「詩集といえば、君にすすめたい本があるんだ。趣味も合いそうだし……。よければ、今度、時間のあるときにふたりで食事にでもどうかな」
彼はそれこそ詩文でも読むみたいに流暢に咲良を誘った。咲良は目をぱちくりとさせて固まった。
これは……仕事の延長戦なのか。それとも男女の誘いなのか。どちらにもとれるような雰囲気があって判断がすぐにはできなかった。
もしデートの誘いなのだとしたら彼はだいぶ変わっている。極端に自嘲するつもりはないし、男性に誘われたことが一度もないとは言わないが、もの好きな人がいるものだと咲良は思う。