諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 咲良のおっとりとしてそうな見目とは反対の堅物女子とわかった途端、引いていく者がほとんどだったからだ。
 助けてくれた彼をぞんざいにすることもできず、彼の思惑がわからなかった咲良はひとまず仕切り直しをすることから考えた。彼の名前を窺っていなかったことに気付いたのだ。そして咲良自身もまだ自己紹介はしていなかった。
「あの、私、失念しておりまして申し訳ありません。改めてご挨拶を……お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ああ、こちらこそすまない。すっかり挨拶をしたつもりになっていたよ」
 そう言って彼は慣れたように名刺を差し出した。慌てて咲良も名刺を用意して交換する。
「頂戴いたします」
 名刺に目を滑らせてから、
「外務省の……」
 咲良はそこで言葉を切った。
 高宮恭平(たかみや きょうへい)霞が関にある外務省、国際協力局の参事官。
 やはり先輩たちが噂していた彼に違いない。おそらく噂によると三十代そこそこの年齢だという。この若さで参事官ということは彼はかなり優秀なキャリア外交官なのだろう。高名な家柄の出身で、さぞ素晴らしい経歴を持っている人物に違いない。
 失態を見せたあとに緊張するのも今さらかもしれないが、それでも背筋は伸びてしまうものだ。
「今日は大使が忙しく、別件で不在の公使代理を務めてほしいと声がかかって、それで手伝いに来ているんだ」
 慄く咲良を察してくれたのか、彼はラフな言葉を使う。大使の次席である公使の代理というポジション。つまり依頼主と繋がりがある人間だ。依頼主が咲良を指名してきたことも彼は知っているのではないだろうか。
「君のことは見ていたよ。前にも実は仕事で一緒になったことがあるんだ。そのときは、こんなふうにお互いに接点はなかったけれどね」
「そ、そうでしたか……それは」
 咲良の顔から血の気が引いた。
 ということは。
 言葉通りに大使から頼まれて、依頼した通訳を監視していたということだろうか。ひょっとして彼の物腰穏やかな雰囲気は懐に入ってくるための手段で、後で何か厳しいことでも言うつもりでいるのでは。食事に誘われたのも何か忠告したいことがあるからなのではないだろうか。
(どうしよう。失望した。実力不足だ。もうそちらに依頼はしない……などと言われたら……)
 急に緊張がこみ上げてきて背中に汗を感じる。ぐるぐると眩暈がしてきた。
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