諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 先輩といえば……彼女たちが『見目麗しいエリート外交官がいるらしい』と騒いでいたことを咲良は思い出していた。
 彼は主催側の人物だろう。先ほど大使の側にサポートするようについていて政治家の話相手をしていた。外交官の方の通訳係だろうか。ひょっとしたら彼こそが会社の先輩たちの噂に上がっていたエリート外交官かもしれない。
「いや、大したことはしていない。それに、あれは君のせいじゃないからね。きっとあのご婦人もこの場でナーバスになっていたんだろう。プライドが高いゆえに引っ込みがつかなくなった手前、違うかもしれないと判った上ででも意地でも通したと思うよ。君は自分の仕事はしていた。いうなら君は被害者だ」
 彼がそう言ってくれたせいか、咲良の肩から少し力が抜けた。
「……それは感じとっておりましたが、それでも、もう少しうまくやるべきでした。通訳者は意思疎通や交流をスムーズにするための存在なのですから。これでは役立たずと言われても致し方ありません」
 もどかしくてたまらない気持ちを彼にぶつけるのは違う気がして。それでも通訳をしていた時のように流暢な言葉が出てこない。こういうとき母国語の方が不自由だなと思うことがある。
「大丈夫だ」と彼は落ち着いたフランス語で言った。
 伏し目がちになっていた咲良はつられたように顔を上げた。彼と目が合う。きっと咲良の心中を推し量ってくれたのかもしれない。
「そう卑下しなくてもいいさ。色々な人間がいるのはたしかだ。そういうとき、どんな手段も……とは言わないが、使える手段は使う。君が通訳者を語るなら、そうして相手の懐に入り込むのも外交官である俺の務めだ。つまり、さっきの場面はただ単に君の範疇ではなかっただけさ。そういう場合は、遠慮なくその場にいる誰かに頼っていい」
「おっしゃるとおりでした」
 彼のいうことはすっと心の中に入ってくる。相手を気遣いながらの助言だと伝わってくるからだろうか。
「次に活かせる材料をもらえたと思えばいい。あとで詩集の方はちゃんと探しておくし、万が一、彼女の手に渡ったとしてもそれとなく交換してもらっておくよ」
「そこまで、お任せしていいのでしょうか?」
「ああ。構わない。大使館の中に似た雰囲気のものがあって助かった」
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