諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
「大丈夫か? 顔色がよくないようだが」
「だ、大丈夫です。ただ、色々……混乱してしまいまして」
 すると、彼は家元夫人と先ほどの女性、それから大使夫人の三人の方へと目をやった。
「彼女たち話が盛り上がっているようで何よりだ。さて、戻ってくるみたいだから、そろそろお暇しよう。詳しくはこちらから改めて連絡させてもらうよ。じゃあ、また」
 理由を尋ねるまもなく、引き留める間もなく。
 彼はなんでもなかったかのように仕事に戻っていく。別のゲストと談笑しはじめていた。
 三人の女性陣は皆輝かんばかりの笑顔を咲かせている。咲良もまた急いで家元夫人のところへと行く。
(すっかり助けられてしまったわ)
 咲良にとっては外交官こそお堅いイメージがあったけれど、やはりこういった場では彼のようにフットワークの軽い、機転の利く人が必要なのかもしれない。
 彼がくれた名刺をそっと仕舞う。
 桜餅の葉の香りがそこにまだ漂っていて、なんだか胸の奥がざわつくような気配がした。それが何なのかは咲良にはまだわからなかった。


***


「ねえ、あなた一日限りの大使館のパーティーでどうやってエリート外交官を落としたの?」
「あの……そういうわけでは」
「じゃあ、どういうわけ」
 彼、高宮恭平は約束通りに咲良に連絡をよこした。
 無論、名刺には会社の連絡先しか掲載していなかったので、仕事の御礼という建前で電話をよこし、改めて会う約束を取り付けられたのだが。
 すぐに退勤の時間が迫っていたために、親しい先輩社員の二人に、終業後わっと囲まれたのだった。
 おかげで片づけが捗らない。デスクの上には次の通訳の現場の事前準備資料、文書、専門用語の辞典などが開かれたままだった。
 咲良は片づけをしながら先輩たちをかわしていた。あまり下世話な内容は好ましくなかったからだ。
 だいたい仕事として知り合っただけで、彼も下心があるわけでは――。
(……多分、きっと?)
 咲良の思考はそこでストップする。
 彼がどういうつもりなのか、まだその真意は計りかねている。
 あの場で懸念していたように、何か咲良の仕事について苦情や忠告があれば、上司を通して連絡があるだろうが、それもなかった。今日彼に会ったらわかるだろうか。
「ねえ、ひょっとしてどういうつもりで誘ったか聞こうとしてない?」
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