諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 咲良の表情から何かを悟ったらしい。先輩が不安げな顔をしている。
「はい。気になるのですが、だめでしょうか?」
「だめだめ。そういうのはナンセンス。相手に失礼になるわよ」
「……むむ」
 咲良は思わずうなってしまった。
 一方、もうひとりの先輩は羨ましい、とため息をこぼした。
「多忙な人ほど出会いの場ではチャンスを掴むものよ。あなた、きっと目をつけられていたんだわ」
「いつお眼鏡に叶ったのかしらね~」
 二人が盛り上がっている今がチャンスだ。
「では、私は約束の時間に遅れてしまいますので、失礼します」
 咲良はこれ以上絡まれる前に、とデスク周りをさっと片付けて立ち上がった。
 「あ、逃げられた」
 「邪魔してごめんなさい。うまくやってね」
 応援なのか野次なのかわからない二人の先輩のエールを背に、咲良はとうとう逃げるようにオフィスの外へと出た。
(はぁ。先輩たちの圧がすごかったわ……あのまま挟まれていたら冗談ではなく圧死していたかもしれないわ)
 ド真面目な顔をして咲良はそんなことを思う。
 東京の三月は暖かい。先日のパーティーの時もお花見日和だったが、また日毎に陽気が柔らかくなってきた気がする。
 この時期、地元の方はようやく雪解けがはじまる頃だろう。訪れる春はもう少し先かもしれない。不意に東北地方で旅館を営んでいる祖父母のことが思い浮かんだ。祖父母にはたまに電話をしたり手紙を送ったりすることはあるけれど、大学卒業の時に夏に帰省して以来だから地元にはもう四年くらい帰っていないことになる。
 母は旅館の仲居をしながらシングルマザーとして咲良を育ててくれていた。咲良が高校に入学した頃に病を患い急逝した。自立しなければ、と奮い立ったのはその頃だった。
 それから猛勉強をして有名な外国語大学に進学し、英語の他にフランス語とスペイン語を専攻し、欧州方面の地域文化や歴史を学んだ。その後、通訳家の道を目指し、目標だった大手通訳会社ブレインワーズの内定を無事にもらうことができた。
 入社してからはさらに怒涛の日々だった。
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