諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 生き字引の本の無視だった咲良にとって通訳という仕事は勝手が違った。そのため、最初のうちは手探りで失敗をすることも多くあったが、先輩や上司を見習い、場数を踏むうちに語彙力や表現力をどんどん吸収して伸ばしていった。まだまだ足りないものがあるとしたらそれはお堅いところがあるゆえのコミュニケーション能力かもしれない、と自省する。
 仕事以外での人との付き合い、それこそ恋愛経験などといったものが希薄だからだ。
 咲良は今年二十六になる。当たり前だが、自分が年を重ねれば親や祖父母は年老いていく。まもなくどちらも七十歳に届くはずだ。
 年始に届いていた祖父母からの年賀状には元気そうな文面が見られたが、その筆の弱さから年を老いていることが犇々と伝わってきていた。
 心配になって電話を入れると、逆に祖父母から代わる代わる心配されてしまった。
『さくらちゃんこそ、仕事について四、五年でしょう。そろそろ誰かいい人はいないの? いたらぜひ紹介してちょうだいね』
『残念ながら、そういう人はいないわ。今、すごく重要な仕事を任されるようになって……ええ。暇がないのよ』
 仕事が忙しいのは本当だし、言い訳をするつもりではなかったけれど、結局なんだか言い訳っぽくなってしまった。
 入社してから歓迎会の時の二次会で交際経験が今までにない……と正直に言うと周りには驚かれてしまったので、それ以来、誰にもその手の話はしなくなったが、祖父母相手となると無視することはできない。地元の同級生の誰誰が結婚した、という話をされるたびに頷いてはかわすようになっていた。
『さくら、ばあさんはそう言うが、別にひとりで帰ってくるのだって構わないんだぞ。いつだって我々は歓迎だ。まったく何かにつけて会いたいとうるさくてたまらなくての』
『おじいさん、あなたこそ、私のせいにしないで、さくらちゃんに会いたいんだって素直に言えばいいじゃないの』
 祖父母のやりとりに少し気持ちが和らぐ。仲の良さは昔からだ。場面が目に浮かぶようだった。くす、と咲良は小さく笑う。
『二人ともくれぐれも体には気をつけて。また折りを見て、顔を見に行くから』
 いつでも来てちょうだい、と念を押されたあと、そうして電話を切った。
 いつ帰るかは定かではない。でも、約束があると思えば互いに気持ちが明るくなるものだ。
 その後ひとりになった時、咲良は考えた。
< 14 / 126 >

この作品をシェア

pagetop