諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
「……いい香りね。素敵な形。日本の繊細な伝統文化を感じるわ。国は違えど、私のワイナリーで育てた新しい品種のワインの香りにも、どこか通じるものを感じるわ」
 じりじりと雷模様を思わせるような形に眉を吊り上げていた女性の表情に、今ようやく笑顔が咲いた。長すぎる厳冬からようやく春らしい晴れ間が見えたような奇跡を感じる。
「では、私たちもご一緒していいかしら? ワイナリーを経営されている方から色々お話を聞いてみたくて」
 家元夫人が柔和な笑みを浮かべる。私たち……というのは咲良のことではない。いつの間にか彼女の傍に大使夫人がやってきていたのであった。
(フランス大使夫人……!)
 咲良は若干血の気が引きそうになりながら、低頭するばかり。一方で、同じフランス出身の大使夫人に声をかけられた問題の女性はすっかり気をよくしたらしい。
(ワイナリーの経営をしている女性だったのね……)
 今さらの情報だが、たしか日本の葡萄農園とフランスのワイナリーとのコラボ商品があるという情報はあった。この先、秋に出荷するワインブランドの目玉となるらしい。聞き出せなかった自分の不甲斐なさに咲良は悔しさを滲ませていた。
「ね、百川さん、大使夫人は日本語が堪能だから、少しの時間なら離れても大丈夫だから。もう少ししたらあなたのことを呼ぶわね」
 家元夫人が咲良に耳打ちした。
「かしこまりました」
 ていよく追い払われたといってもいい。気まずい思いをしないためにトラブルの種同士は一旦引き離した方がいいだろうと判断したのだ。咲良は役に立てなかった自分の力不足にますます落ち込んでしまう。
 女性陣三人が一緒に去ったあと、自己嫌悪に陥ってため息をついた咲良は、彼と二人きりになったことに遅れて気付いて慌てて謝った。
「も、申し訳ありません。大変失礼しました」
「よかったよ。どうやら深呼吸をする時間くらいはもらえそうだな」
 彼は肩を竦めてみせた。
 「この度は、難解な局面を助けていただきましたことに心より御礼を申し上げます。誠にありがとうございました」
 咲良は義を重んじる武士の如く粛々と頭を下げた。
 一瞬だけ彼が圧倒されたような気配が感じられたが、咲良は慣れっこだった。咲良の堅物な面をよく知っている先輩たちも最初はそんな反応を見せたものだ。
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