『夢列車の旅人』 ~過去へ、未来へ、時空を超えて~ 【新編集版】
(6)
「私は……」
魂が戻ってきた彼女は不安そうにわたしを見つめたが、ハッとしたような表情になってジーンズのポケットの中に手を突っ込み、恐る恐るという感じで写真を取り出した。
「あっ!」
写真の中に高松さんはいなかった。
彼女一人だけが取り残されるように写っていた。
それは何か大きな力が高松さんを瞬間移動させたようにも思えた。
「ラファエッロが高松さんを呼び寄せたのかもしれませんね。それとも」
「小椅子の聖母が……」
高松さんがいなくなった写真を見つめてゆらゆらと首をふった。
「望みが叶ったんですよ。喜んであげないと」
彼女は頷こうとしたように見えたが、その動きを止めた。
高松さんとの永遠の別れを素直に受け入れることは難しかったのだろう。
写真の空白部分に指を這わせて「お兄さん……」と呟いて、目を伏せた。
すると、それを待っていたかのようにディスプレーに新たな表示が映し出された。
『特別臨時停車:2026年駅』
と同時に減速が始まり、音もなく停車した。
「ピポピポピピピポピ」
音と共にディスプレーの画面が変わり、新たな映像と字幕が現れた。
マドリードだった。
アトーチャ駅前に位置する4階建てで横長の建物の中に彼女はいた。
彼女の前には1枚の有名な絵が飾られていた。
1937年に描かれ、1981年までニューヨーク近代美術館に委託され、その後スペインの国立プラド美術館に移送され、今はこのソフィア王妃芸術センターで展示されている有名な絵だった。
ピカソの『ゲルニカ』
当時、内戦状態にあったスペインで反政府軍を支援するナチス・ドイツ軍がバスク地方にあるゲルニカという小さな町に侵攻した。
そこで無差別爆撃を行い、市民のほとんどを虐殺した。
スペイン人であるピカソはそのことに強い衝撃を受け、そこでの悲惨な殺戮を多くの人に知らしめるべくカンヴァスに向き合った。
直接的な戦闘場面は描かれていないが、女性や子供や動物たちが恐怖に戦き、悲しみに震え、絶望の中で絶叫する姿は強烈なパワーとなって見るものを釘づけにした。
戦争の惨さをこれほど如実に表している絵は他には見当たらない。
字幕を必死になって目で追っていると、映像が変わった。
サバティーニ館と表示されていた。
その2階には三大巨匠と呼ばれるピカソ、ダリ、ミロの作品が展示されているため、この日も多くの見物客で賑わっていた。
その間を縫うように歩いていた彼女は、1階に降りて中庭に出た。
そこにはミロの彫刻『月の鳥』があり、その斬新なデザインの前で彼女は立ち止ったが、〈またね〉というように手を振って、新館のヌーベル館へ移動した。