『夢列車の旅人』 ~過去へ、未来へ、時空を超えて~ 【新編集版】
(9)
「仕事中は暖房はかけないことにしているの」
ふ~ん、そうなんだ……、
「どんな仕事?」
すると彼女が悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「当ててみて」
俺を試すような言い方だった。
「う~ん……」
まるで見当がつかなかった。
それでも降参するわけにはいかない。
わからないということは絶対に言いたくない。
俺は部屋の中を見回した。
でも、特別な仕事道具は見つけられなかった。
楽器があれば演奏関係、カンヴァスがあれば美術関係というふうにわかるのだが、それらしきものはなんにもなかった。
とすると……、
頭の中で考える仕事かパソコンでする仕事のように思えた。
それと、暖房が邪魔になるということは暖かくなったら眠くなるということだから、集中力を要する仕事だろうと考えた。
しかし、それだけでは漠然とし過ぎていた。
他に何か手掛かりがないかと思ってもう一度見まわしたが、新たな発見は何もなかった。
う~ん、さっぱりわからない。
何も思いつかなかったが、諦めるわけにもいかない。
降参なんて言いたくないし、白旗を上げるなんてあり得なかった。
それで、もしかしたら服装に関係があるのではないかと思って全身に視線を這わせたが、職業と繋がりそうなヒントは見いだせなかった。
彼女の全身を包み込んでいる真っ赤なコートは何も教えようとしなかった。
う~ん、困った。
お手上げだ。さ~どうする?
そろそろ返事をしないとまずいぞ、
焦りながらも脳の中を高速でパトロールして適当な言葉を探しながらもう一度部屋を見回した。
すると、本棚の上にあるノートを見つけた。
その瞬間閃いた。
それを口に出した。
「漫画家!」
当たりを確信して彼女を見つめた。
「すご~い!」
彼女は手を叩こうと両手を広げた。
しかし、その両手は合わされることもなく胸の前ですれ違った。
「惜しい。リルビ違った」
リルビ?
何それ?
首を傾げる俺に向かってネイティヴのように聞こえる英語が発せられた。
little bitのことだった。
ふ~ん、そうですか……。
で、仕事は何?
「イラストレーターよ」
「わー、惜しかったな。リルビ違ったか」
思わずオウム返しをしてしまった。
瞬間、顔が火照ってどこかの穴に入りたくなったが、彼女はなんの反応も示さずノートパソコンを立ち上げた。
よく見るとアップルのパソコンだった。
そうか、デザイナーやイラストレーターが寵愛するパソコンか~、
さっき気づかなかったことを悔やんだが、そんなことに構うことなく画面をこちらに向けた。
「この人たち知ってる?」
男性4人のイラストが大写しになっていた。
途端、息が詰まった。
知っているどころではなかった。
俺にとって神様のような存在の4人だった。
「ロバート・プラント、ジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズ、ジョン・ボ―ナム」
言い終わった時、これ以上は無理というほど彼女の目が大きく開いた。
「すご~い!」
間違えるはずはなかった。
俺が最も尊敬するミュージシャンなのだ。
どんなにデフォルメされていても即座に言い当てることができる。
「そっか~」
彼女の視線がギターケースに移り、俺の顔に戻ってきた。
「ギタリストなんだ」
俺は頷き、ロックバンドでギターを弾いていることを告げた。
すると、彼女の目が驚きから期待へと変わった。
「もしかして、ツェッペリンの曲弾ける?」
俺は「もちろん」と答えてトレイを机に置き、ギターケースを開けた。
そして、〈エレキだから小さな音しか出ない〉と断った上で、軽くチューニングをしたあと、アルペジオを弾き始めた。
その途端、驚きの声が彼女の口から発せられた。
「あっ、Stairway to Heaven」
さっきよりもっと大きく目が見開いていた。
それでもすぐに笑みが浮かび、いきなり歌い始めた。
ツェッペリンの代表曲をネイティヴのような発音で。
しかもその歌声は少年少女合唱団のように清らかだった。