『夢列車の旅人』 ~過去へ、未来へ、時空を超えて~ 【新編集版】

(10)


 前半部分を弾き終えて手を止めた。
 ギターをケースに戻すと、彼女の小さな手が拍手を始めた。
 俺も送り返した。
 すると、俺の両手を彼女の両手が包み込み、顔が近づいてきた。
 鼻がくっつくと、彼女の息が俺の唇にかかった。
 彼女が顔を傾けて、俺の唇に触れた。
 そのままじっと動かない彼女の上唇を俺は躊躇いがちに吸った。
 そして下唇も。
 彼女も俺の唇を吸った。
 俺は頭の中が痺れてボーっとした状態になった。

 彼女が唇を吸うのを止めたと思ったら、俺の両手から手を離した。そして唇も。
 一瞬、俺の目を見てから静かに体を預けてきた。
 受け止めて優しく抱き締めた。
 艶々とした黒髪に顔を埋めた。
 心地良い香りがした。
 癒される香りだった。
 すると、『フローラル』という言葉が頭に浮かんだ。
 そして、『運命の人』という言葉も。

「暑くなってきたね」

 顔を上げた彼女がリモコンに手を伸ばした。
 暖房を切りたいのだとわかった。
 でも、そうはさせたくなかった。
 俺が先にリモコンを手にして、設定温度を上げた。
 そして、自動にした。
 風量が一気に大きくなった。
 彼女はキョトンとしていた。
 俺は彼女のコートのボタンに手をかけ、上から順番に外していった。
 彼女は驚いた表情を浮かべたが、抗うことはなかった。
 ボタンをすべて外して両手でコートを開くと、白いセーターが現れた。
 体のラインが強調されるほどのピッタリとしたセーターだった。
 俺の目は胸に釘づけになった。
 今まで見たこともないようなきれいな曲線に目を奪われた。

「ダメ……」

 彼女が立ち上がって背を向けた。
 俺は後ろからそっと彼女を抱きしめた。
 そして、首筋に唇を這わせた。
 彼女は嫌がらなかった。
 俺は彼女のコートを肩から脱がせて、自分のコートも脱いだ。
 そしてまた後ろから抱きしめた。
 すると、その上に彼女の手が重なってきた。
 俺の手が動かないようにしっかりと握られていた。
 俺はじっとして、その力が緩むのを待った。
 辛抱強く待ち続けた。

 彼女が顔を少し上げた。

「何か言って……」

 吐息のような声が漏れたと思ったら、手の力が緩んだ。
 俺は手を抜いて、彼女の手の上にそっと置いた。

「君のすべてに触れたい」

 俺はカッコいいロックスターに変身していた。
 彼女が僅かに頷くと、その手が俺の手の下から消えて、体から力が抜けた。
 その瞬間、どこからともなくStairway to Heavenのイントロが聞こえてきた。                      

 つづく』

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