『夢列車の旅人』 ~過去へ、未来へ、時空を超えて~ 【新編集版】

(7)


「右に1回、左に1回ですね。わかりました」

 アパートから10分ほど歩いたところにある美容院の横の喫茶店、といっても食堂のようにしか見えない店内で、彼女は囁くような声を出した。
 周りには誰もいなかったが、声を潜めて告げたわたしに対して同調するような言い方だった。

「番号の予測はつきますか?」

 彼女は、大丈夫、というような表情で頷いた。

「兄の生年月日だと思います。でも違っていたら私の生年月日かもしれません」

 なるほど、その可能性は大いにある。
 あるが、そんな単純な番号を設定するだろうか? 

 すとん(・・・)と腹に落ちてこなかったので、「それも違っていたら?」と訊くと、う~ん、というように眉間に皺を寄せて、「お手上げです」と両手を広げた。
 その途端、気まずい沈黙に包まれてしまった。
 しかし、それを甘受するわけにはいかない。

「とにかくやってみましょう」

 気まずさを振り払うために敢えて前向きな口調で告げて、立ち上がった。
 続いて彼女も立ち上がろうとしたが、わたしはそれを手で制した。

「二人で行ったら人目につきます。一人でやってみますので番号を教えてください」

 彼女の横へ立って上半身を屈めると、彼女の口がわたしの耳に接近した。

「兄の生年月日は……。私のは……」

 彼女の誕生日を聞いて、思わず声を上げそうになった。
 なんと、自分と同じ誕生日だったのだ。

 まさかこんな偶然があるなんて……、

 電流が耳から胸へ走り抜けて心の鐘が早打ちを始めた。
 しかも彼女の甘い香りが耳や髪に纏わりついて、脳が機能麻痺になりそうだった。

 ダメだ、ダメだ、こんなことに動揺していてはいけない、

 振り払うように頭を振り、彼女の前に左の掌を出し、その上に右の人差し指で数字を書いた。

 4つの数字を書き終わると、彼女が小さく頷いた。

「どこかこの辺りでブラブラしていてください。結果はすぐに電話しますから」

 わたしは伝票を掴んでレジへ向かった。

 店を出ると、空は曇り顔から笑顔に変わっていた。
 ひょっとしたら当たりが出るかもしれない。
 足取りが軽くなったわたしは、アパートへの道を急いだ。

< 83 / 112 >

この作品をシェア

pagetop