この道の行く末には。
「美衣、誠とつきあってたじゃん。なのに、自分のこと言わなかったし、説明もしなかった。会いもしなかったよな。」
「うん。でも、ちゃんと【理由】言ったよ?忘れた?」
「…………忘れるわけないだろ」
「だろうね?」
挑発するよう、魅惑的に口角を上げる美衣。俺はあの時から、美衣が誠に会いに行った今日を見るまで、ずっと軽蔑していた。美衣のことを、心底、強く。
誤解、して。
「誠が事故にあって、病院に運ばれた。俺たちが2年の頃、美衣が1年だった年の、12月26日。そう家族から連絡がきて、俺は病院に向かった」
「司と誠、家族ぐるみで昔馴染みだもんね」
「ああ。誠の怪我は大したことなかったけど、頭を強く打ってて……たぶん、その衝撃で美衣との記憶を無くしてた。誠が目を覚めましたとき、俺だけがそれに気付いて。まず最初に美衣に連絡して説明した。」
「うん」
「美衣、その時に初めて事故のこと知っただろ?無事かどうか分かるまで、連絡しないつもりだったから」
「うん。合ってる。私はそれ聞いて、司に頼んだの。あのころ、誠と別れたいって思ってて。私のことを忘れてくれたんなら、ちょうどいいなって思ったから。」
あの日の出来事を語る。1つ1つ、確かめながら。間違いがないように。
無邪気に笑う美衣が、何を考えてるのか分からない。
今も、昔も、あの日も。
いつも、予測もできやしない。
「……言ってたな。」
「言ったよ?事故のこと知ったときは、すぐ病院に向かってたけど……途中で思いついちゃって。司に連絡した。」
「…………そのとき美衣を軽蔑したんだよな、俺。『誠にとって今までと違うこととか不便なこと。もしそれが出てきたら医者に相談する。それがなかったら、誰にも言わないで。もちろん誠にも』そう言われて、誰にも言わなかった」
「うん」
薄く笑い返し投げやりにぶつける言葉に、美衣は何とも思わないらしい。ただ、当たり前のように頷くだけ。
「問題ないならその方がいいって納得できたから。入院中誠は色んな検査されてたけど、何の問題も見つからなかったし」
「うん」
「だから、美衣に頼まれた通り、誠の隣りに美衣がいたってわかる物は全部棄てたし、消した」
「それは、ほんとに感謝してる。それに、誠はそれまでと同じ様に過ごせてるよね?誠にとっても、周りにいる人たちにとっても、不便なことは何もなかった」
「俺も、それでいいって思ってた。正直言えば、記憶がなくなるとか本当にあるのかよ、とか思ったし。だから……情けないけど、深く考えなかったんだよな。でも今日、分かった。」
「わかった?」
「誠が記憶を無くしたのは、事故にあった所為なのに……それを“ちょうどいい”とかさ。美衣は本気で思ったりしない。そんな奴じゃないよな。現に今日、誠に会いに行ってたし」
きょとん、と効果音が聞こえてきそうな素振りで首を傾げる美衣に、すこし笑う。
美衣、ごめん。
ごめんな。
なんでそんな事したかは分からない。
でも、分からなくても。
分かれなかったとしても。
もっと早く、本心じゃないって気付いてやればよかった。
そう出来るのは、きっと。
もう、俺だけだったのにな。
「……会いにきたのは、気まぐれだよ。」
「じゃあ、なんで落ち込んでんだよ」
未だ……大袈裟に言えば悪女を演じることを止めない、往生際の悪い美衣を鼻で笑う。
美衣の表情は一瞬だけ強張り、またすぐに戻った。
「……司、変だよ。そんな熱くなる人じゃないじゃん。」
「誠に、他人みたいに扱われて落ち込んでるんじゃねえの?美衣のことを忘れてる、って知ってから、美衣、誠に一切会いに来なかったよな」
「それは、もう関わりたくなかったから、」
「うん。その言葉を鵜呑みにしてた。でも、会わなかったのは……誠に面と向かって知らないって態度されるのが怖かった、っていうのも、ある?」
美衣は、今も昔もあの日も、誠が好き、だよな?
それだけは、俺の勘違いじゃないだろ?
「…………違うよ。」
「…………今、なんで?って思った?」
「────思ってないよ?」
「……うん。その嘘は、分かるんだよな。誠が美衣のこと大切に想ってたのを知ってるし、美衣も誠のことを大切に想ってたのを知ってる。ずっと近くで見てたから。」
「……………」
「それに、美衣と誠って似てるとこあるし」
「……え?」
表情を変えず首を横に振る美衣を見て、自然と顔が綻ぶ。
今だけはただ、純粋に懐かしさでいっぱいだった。
「2人とも。自分の考えてることばれて図星指されて、それ誤魔化すときにする返事。一瞬だけ、分からないくらいだけど、独特の間が空くんだよな、いっつも。」
「………」
「間で分かるよ、ま、でな」
「なにそれ……」
変わらない2人の共通点を見つけ、嬉しくなった。
眉根を下げ、困ったように微笑む美衣。そんな些細な仕草だって、変わらない。
「……ずっと、後悔してた。誠が大切に想ってた気持ちを、消して無かったことにしたのを。」
「誠のことを考えてしたんでしょ?しかも、私が司に頼んだの。司自身の意思でしたことじゃないよ」
懺悔するように頭が俯いていく。そんな俺に、透かさず力強い訂正を寄越してくる美衣は、優しいのか冷めているのか。よく、分からない。
潔く短く、息を吐いた。
「……あのときは誤解して、自分がするべきこと、間違ったと思う」
「……………」
「でも今日、気付けたから。美衣は、誠のこと好きだろ。今も、昔も。なら、本当のことを話せばいい。」
前を向き、また、美衣を見据える。
美衣の覚悟も、優しさも、強さも。
何ひとつ、知らないまま。