幻の図書館
 わたしたちは、時計塔を目指して走りだした。

 灰色の石畳の道を、キュッキュッと靴の音を鳴らしながら。

 高くそびえる時計塔は、近くで見るとますます大きくて、まるで空に届きそうだった。

 入口の重そうな扉を押すと、ギイィィ……と音を立てて、ゆっくり開いた。

 中はひんやりとしていて、ほんの少し、金属と古い木のにおいがした。

 「ここが……時計塔の中?」

 中には、らせん階段がくるくると上まで続いている。

 壁には歯車や振り子の装置がずらりと並び、ところどころでカチ、カチ、と小さく音を立てていた。

 「なんか、迷路みたいだね……。」

 紗良ちゃんが不安そうに言う。

 たしかに、階段の途中にある扉は、どれも少しずつ形がちがっていて、どこがどこにつながっているのかよくわからない。

 「この時計塔、普通の建物じゃなさそうだ。」

 蒼くんが階段の柱をコンコンと叩いた。

 「なんだか、建物自体がパズルみたいに組み立てられてる感じがする。」

 「やっぱり、仕掛けがあるんだね……!」

 わたしの胸が高鳴る。

 そうだ。この場所にも、きっと何かの謎がある。

 それを解けば、町の時間を動かすカギが手に入るかもしれない。


 わたしたちは、らせん階段をのぼっていくことにした。

 一段ずつ、きしむ音をたてながら、そろそろと上へ、上へ。


 ――そして、三階の踊り場まで来たとき。


 「……あれ?」

 わたしは足を止めた。

 その先に、ひとつだけ開いた扉があった。

 中から、ほんのり光がもれている。

 

 「誰かいるかもしれない!」

 わたしは急いでその部屋をのぞいた。


 そこにいたのは――ひとりの少年だった。


 白いシャツにベストを着て、丸めがねをかけた、おとなしそうな雰囲気の子。

 年はわたしたちと同じくらいに見える。

 「えっ……人間!?」

 紗良ちゃんが目をまんまるにして驚く。

 少年は、その声に気づいたように、こちらを見た。

 そして……とつぜん、駆け寄ってきて、わたしの手をぎゅっとにぎった。

 「た、助けて……! ここから出たいんだ……!」

 わたしはびっくりして、思わず後ずさりそうになる。

 けれど、少年の目は必死だった。まるで、今にも泣き出しそうなほどに。

 「君……この塔に閉じこめられてたの?」

 わたしがたずねると、少年はうなずいた。

 「時計塔の仕組みがおかしくなって、外に出られなくなったんだ。階段を下りても、また同じ場所に戻ってきてしまう……まるで、時間がぐるぐる巻き戻ってるみたいで……!」

 「時間が、巻き戻る……?」

 それはただのたとえじゃない。

 この塔の中では、本当に時間がゆがんでいるのかもしれない。

 わたしは、心の中がぞくっとするのを感じた。

 すると、蒼くんが一歩前に出て、少年に言った。

 「ねえ、君の名前は?」

 「ぼ、僕はカイ。カイ・リュウゼン。ここの町の時計守りの家に生まれたんだ。」

 「時計守り……?」

 それは、きっとこの町の時間を見守る、大事な役目なんだそう。

 でも、カイくんの顔は暗く沈んでいた。

 「僕……失敗しちゃったんだ。時間装置の操作をまちがえて、この塔を壊しちゃって……。それで……町の時間も止まって、誰も動けなくなって……。」

 カイくんの声が、少し震えている。

 彼がなにか大きな責任を背負っていることだけは、わたしにもわかった。

 「そっか…。でも、あきらめないで。」

 わたしは、そっとカイくんの手をにぎり返した。

 「一緒に、この時計塔の謎を解こう。きっと、やり直せるよ」

 わたしの言葉に、カイくんは少しだけ、笑った。

 その笑顔が、壊れた時間の中で、ほんの少し光った気がした。
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