幻の図書館
 「……まるで、万華鏡の中にいるみたいだね。」

 わたしがつぶやくと、紗良ちゃんがうなずいた。

 「でもさ、なんでこんなにたくさん鏡があるの?まるで迷路みたいだよ。」

 そう、ここはただの鏡の部屋じゃなかった。よく見ると、床の一部にだけ、かすかに違う色をしたタイルが続いていて、それが“道”になっている。天井の鏡も少しずつ角度が変わっていて、奥へ進むほど、まるで自分の姿がバラバラに分解されていくような、そんな不思議な空間だった。

 わたしたちは四人、声をひそめながらそっと歩き始めた。足音は、鏡に吸いこまれてしまったみたいに、ほとんど響かない。あたりは、息をひそめるような静けさにつつまれていた。

 それにしても――。

(なんだろう、この違和感……。)

 どこかから、視線を感じる。誰かがわたしたちのことを見ている気がして、何度も後ろを振り返ってしまう。けれど、そこにいるのは、ただの“わたしのうしろ姿”だけ。

 「ちょ、ちょっと待って!」

 突然、紗良ちゃんが立ち止まった。

 「今、あたしの後ろにいた“ひかりちゃん”、まばたきした!」

 息をのむ。まばたき……?わたしたちは鏡に映る“自分”をじっと見つめた。でも、目の前の“わたし”は、こちらと同じ動きをしている。まばたきも同時。手を上げれば、向こうも同じように手を上げる。

 なのに。

 「……こっち、見てる。」

 蒼くんが、ぽつりとつぶやいた。

 少し奥の鏡の中。わたしたちと少しだけ距離のある“誰か”が、こちらをじっと見つめていた。服装は同じ、顔もそっくり――でも、目だけが違っていた。まるで、光を吸い込むような、真っ黒な瞳。

 「今の、わたしじゃない……!」

 わたしの声が、空気を震わせた。その瞬間――鏡の中の“誰か”が、すぅっと消えた。

 「逃げた! いや、消えた?」

 「どういう事だろう……。“もうひとりのひかりちゃん”……?」

 岳先輩の言葉に、わたしは言葉を失った。

 (わたしに似てるけど、わたしじゃない何か……?)

 そのとき、カラン、と音がした。ふり向くと、床に一冊の本が落ちていた。

 古びた表紙に、金色の模様。そして、表紙にははっきりとこう書かれていた。

 《鏡の館とふたつの自分》

 「やっぱり、ここも“本の世界”なんだ……!」

 わたしは、震える手でその本をそっと拾いあげた。
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