幻の図書館
本を開くと、すうっと風が吹いたような気がした。
ページは、まるで意思があるみたいに勝手にめくられ、一枚の見開きで止まった。そこには、見たことのない模様の地図が描かれていた。迷路のような線――まるで、この鏡の館そのものだ。
「これ、ここの地図じゃない?」
紗良ちゃんがわたしの肩越しにのぞきこむ。
岳先輩が地図を見ながら、静かに言った。
「……ここ、“分岐”が多すぎる。けど、この赤い印……“試練の間”って書いてあるように見えるね。」
「また謎解きか。」
蒼くんがぼそりとつぶやくけれど、どこか楽しそうにも見えた。彼はこういう頭を使うのが得意で、いつもわたしたちのピンチを救ってくれる。
「じゃあ、そこを目指してみよう。」
わたしがそう言うと、みんなもうなずいた。
ただ――あの、鏡の中にいた“わたしじゃない何か”のことが気になっていた。あれは、きっとただの幻じゃない。わたしたちを見ていた。まるで、次の動きを待っているかのように。
進むにつれて、鏡の配置が変わっていった。
最初は広々とした空間だったのに、だんだんと通路が細くなり、まるで細いトンネルみたいな道が続くようになった。鏡にうつる自分の顔も、近すぎて不気味なくらいはっきり見える。
「ひかり。」
唐突に蒼くんが呼びかけてきた。
「ん?」
「今、右の鏡……目が動いてた。おまえはこっちを向いてたけど、鏡の中のおまえが、こっちをにらんでた。」
「うそ……。」
わたしは思わず右の鏡を見た。でも、そこにはいつものように、自分の顔が映っている。動いているようには見えない。
けれど――。
ぱちっ。
まばたきのタイミングが、わたしより一瞬だけ遅れた。
「……やっぱり、ちがう。」
蒼くんの言葉が頭に残る。あれは、“わたし”ではない。“わたしに似た、なにか”。
「これは感なんだけど……この世界は、わたしたちの“心”をうつす鏡なんだと思う。」
わたしはゆっくり言った。
「だからきっと、この世界にいる“もうひとりの自分”は、どこかに潜んでる自分の影。わたしはそれと向き合わなきゃ、次に進めない。」
誰かが、静かに息をのむ音がした。
そのとき。
館全体が、ぐわんと揺れた。
足元の鏡が、まるで液体みたいに波打つ。そして、鏡の中から――ぬるりと、黒い影が浮かび上がってきた。
「きた……!」
わたしの声と同時に、影は形を変えた。
長い髪、制服、顔――それは、まるでわたし自身だった。でも、目だけがちがう。深くて、冷たくて、なにも映さない黒。
「あなたは……わたし?」
そう問いかけた声は、鏡の中の“わたし”と、ぴたりと重なっていた。
ページは、まるで意思があるみたいに勝手にめくられ、一枚の見開きで止まった。そこには、見たことのない模様の地図が描かれていた。迷路のような線――まるで、この鏡の館そのものだ。
「これ、ここの地図じゃない?」
紗良ちゃんがわたしの肩越しにのぞきこむ。
岳先輩が地図を見ながら、静かに言った。
「……ここ、“分岐”が多すぎる。けど、この赤い印……“試練の間”って書いてあるように見えるね。」
「また謎解きか。」
蒼くんがぼそりとつぶやくけれど、どこか楽しそうにも見えた。彼はこういう頭を使うのが得意で、いつもわたしたちのピンチを救ってくれる。
「じゃあ、そこを目指してみよう。」
わたしがそう言うと、みんなもうなずいた。
ただ――あの、鏡の中にいた“わたしじゃない何か”のことが気になっていた。あれは、きっとただの幻じゃない。わたしたちを見ていた。まるで、次の動きを待っているかのように。
進むにつれて、鏡の配置が変わっていった。
最初は広々とした空間だったのに、だんだんと通路が細くなり、まるで細いトンネルみたいな道が続くようになった。鏡にうつる自分の顔も、近すぎて不気味なくらいはっきり見える。
「ひかり。」
唐突に蒼くんが呼びかけてきた。
「ん?」
「今、右の鏡……目が動いてた。おまえはこっちを向いてたけど、鏡の中のおまえが、こっちをにらんでた。」
「うそ……。」
わたしは思わず右の鏡を見た。でも、そこにはいつものように、自分の顔が映っている。動いているようには見えない。
けれど――。
ぱちっ。
まばたきのタイミングが、わたしより一瞬だけ遅れた。
「……やっぱり、ちがう。」
蒼くんの言葉が頭に残る。あれは、“わたし”ではない。“わたしに似た、なにか”。
「これは感なんだけど……この世界は、わたしたちの“心”をうつす鏡なんだと思う。」
わたしはゆっくり言った。
「だからきっと、この世界にいる“もうひとりの自分”は、どこかに潜んでる自分の影。わたしはそれと向き合わなきゃ、次に進めない。」
誰かが、静かに息をのむ音がした。
そのとき。
館全体が、ぐわんと揺れた。
足元の鏡が、まるで液体みたいに波打つ。そして、鏡の中から――ぬるりと、黒い影が浮かび上がってきた。
「きた……!」
わたしの声と同時に、影は形を変えた。
長い髪、制服、顔――それは、まるでわたし自身だった。でも、目だけがちがう。深くて、冷たくて、なにも映さない黒。
「あなたは……わたし?」
そう問いかけた声は、鏡の中の“わたし”と、ぴたりと重なっていた。