幻の図書館
 舞台が静かに暗転したかと思うと、次の瞬間にはまるで異世界のような町並みが現れていた。

 「こ、ここは……?」

 わたしは思わず声をあげた。舞台のセットとは思えないほど本物そっくりな街角。古びた石畳の通り、街灯の明かりに照らされた路地、そして洋風の建物がずらりと並んでいる。夕暮れのような淡いオレンジの光が、世界全体を包んでいた。

 「すごい……舞台っていうより、完全に“町”だね……。」

 紗良ちゃんが感心してつぶやく。彼女は今、明るい赤いワンピースに大きなリボンをつけた少女の役になっている。

 「このセット、本当に人が暮らしてそうなリアルさだな。」

 蒼くんも警戒しながら辺りを見回していた。彼の衣装は、まるで貴族のような黒い燕尾服にシルクハット。

 「でも……静かすぎる。」

 岳先輩がつぶやいたとき、わたしはようやく気づいた。この町には、人の気配がまったくなかった。

 開いているお店、灯っている街灯、でも通りには誰もいない。まるで物語の中で時が止まった町。

 すると、遠くからカラン、カランとベルの音が響いた。

 「見て、あれ!」

 紗良ちゃんが指差した先に、一人の男が立っていた。背中にマントを羽織り、手にステッキを持った男。彼は、静かにこちらを見ている。

 「……役者か?」

 蒼くんがぽつりと言った。

 その瞬間、男が動いた。無言のまま、わたしたちに近づいてくる。手に持ったステッキを軽く回しながら、足音もなく歩いてくる様子は、まるで幽霊のようだった。

 「だ、誰……?」

 わたしが一歩後ずさると、その男はふいに口を開いた。

 『“真実”を語れ。』

 その声は不思議な響きをもって、わたしたちの耳に直接届いた気がした。

 『この物語の“嘘”を見抜き、“真実”を演じよ。そうでなければ、幕は閉じない。』

 そう言うと、男は背を向け、またゆっくりと歩き出した。そして薄暗い路地の先へと、すうっと姿を消してしまった。

 「……いったい、なに?」

 わたしは戸惑いながらも、胸の奥がざわめくのを感じていた。これは、ただの舞台じゃない。ただの演技じゃない。この町の中に隠された“真実”を探す物語――そんな気がした。

 「とにかく、この町を調べてみよう。なにかヒントがあるかもしれない。」

 蒼くんの提案に、わたしたちはそれぞれ手分けして、舞台の町の探索を始めた。
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