幻の図書館
 わたしたちは、石畳の通りを進みながら、町の建物を一軒ずつ調べていった。

 最初に入ったのは、小さなパン屋さん。扉には「営業中」の札が下がっていて、棚には焼きたてみたいなパンがずらりと並んでいた。でも、やっぱり誰もいない。

 「……ねえ、これ、さっき焼いたみたいにあったかいよ。」

 紗良ちゃんがパンにそっと手をのせると、ふわっと湯気が立ちのぼった。

 「誰かがここにいたってこと?」

 「それか、“誰かがいた”っていう演出……かな。」

 わたしはパンを見つめながら考え込んだ。この舞台は、演じることで真実を明かすと言っていた。でも、それはどういう意味なのか――。

 そのとき、店の奥のほうから、小さな音がした。

 「……物音?」

 蒼くんがすばやく身構える。

 わたしたちはゆっくりと奥へと進んだ。カウンターの奥には、厨房があり、その先に小さな裏口があった。ドアが少しだけ開いていて、風がカタカタと音を立てていた。

 「……開いてる?」

 わたしはそっとドアに手をかけて外をのぞいた。でも、そこには誰もいなかった。ただ、足元に何かが落ちている。

 「これ……手紙?」

 拾い上げてみると、それは薄い便箋だった。開いてみると、こう書かれていた。

 『舞台の町では、誰もが役を与えられる。
  だが、その役は“本当の姿”とは限らない。
  嘘を剥がせ。真実は、演じる者の中にある。』

 「……役は本当の姿とは限らない、か。」

 岳先輩が手紙を読みながらつぶやく。

 「つまり、見た目にだまされるなってことだよね?」

 紗良ちゃんが言うと、わたしはうなずいた。

 「うん。この町の人たちは、みんな何かの“役”を演じている。だけど、その中に隠された“本当”の自分がある……それを見抜けってことなんじゃないかな。」

 わたしたちは顔を見合わせた。

 「でも、どうやって?」

 「きっと、なにかヒントがあるはずだ。この町の“物語”を追えば、真実にたどりつける。」

 そのとき、舞台の上に再びベルの音が響いた。

 カラン、カラン――。

 まるで合図のように、空が少しだけ暗くなる。

 そして、通りの向こうから、小さな子どもたちの笑い声が聞こえてきた。

 「今、聞こえたよね?」

 「うん。行ってみよう!」

 わたしたちは駆け出した。

 この町の秘密を解く鍵は、どうやら“演じること”そのものにあるらしい。そしてわたしたちは、その“演技の中にある真実”を、探しに行くのだった。
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