幻の図書館
 舞台袖で、わたしたちはそれぞれの「役」を渡された。

 わたしは「探偵」、蒼くんは「騎士」、紗良ちゃんは「魔女」、岳先輩は「旅の語り部」だった。

 台本もなければ、リハーサルもない。与えられた役で、即興で演じる。けれど、それはただの芝居じゃなかった。

 舞台に立つと、まるで不思議な魔法がかけられたみたいに、頭の中に「台詞」が浮かんできた。それと同時に、まわりの風景まで変わっていく。

 気がつくと、わたしは古びた屋敷の中に立っていた。

 「ここで、事件が起きたの。」

 紗良ちゃん――いや、“魔女”が言った。演技ではない。まるで、本当にその世界に入り込んでしまったかのようだった。

 「証拠はどこかにあるはずだ。」

 蒼くんの声にも、いつもより重みがある。

 わたしは「探偵」として、屋敷の中を調べはじめた。物語の中の事件は、まるで“この町”そのものの謎と重なっているように感じられた。

 役、演技、嘘……その中心にあるものは、「本当の自分は誰か?」という問いだった。

 調査を進めるうちに、わたしたちはひとつの真実にたどりついた。

 ――この町の人たちは、「嘘の役」を演じ続けることで、自分を守っていたのだ。

 ほんとうは泣きたかった人が、笑いの役を。

 怒りを抱えていた人が、優しさを演じていた。

 そして、そのすべてを知っていた「最後の役者」は、自分の役を持たない存在だった。

 「……見つけたね。」

 声が聞こえた。

 振り返ると、ひとりの女性がいた。彼女は台本のようなものを手に持っていた。

 「あなたが、“最後の役者”?」

 わたしが聞くと、女性は静かにうなずいた。

 「みんなが演じるのをやめて、本当の気持ちで話すことができたとき……わたしは現れるの。あなたたちは、誰よりも素直だった。だから、真実にたどり着いたのよ。」

 女性の言葉とともに、舞台がゆっくりと光に包まれていく。

 観客席の役者が、ひとつ、またひとつと素顔になっていく。

 笑顔も涙も怒りも、そのままの顔が見える。

 まるで町中が、本当の自分を取り戻したようだった。

 「ありがとう。あなたたちは、この町に“ほんとう”を届けてくれた。」

 女性がそう言った瞬間、まばゆい光がわたしたちを包んだ。

 ――気がつくと、わたしたちは再び「図書館」の本の前に立っていた。

 「あの人が……“最後の役者”だったんだね。」

 わたしはつぶやいた。

 「演じることで、真実が見えるなんて……皮肉だよな。」

 蒼くんが肩をすくめる。だけど、その目には少しだけやさしさがあった。

 紗良ちゃんがぱちんと指を鳴らした。

 「じゃあ、次はどんな物語かな?また、演じるのも楽しそう!」

 岳先輩は苦笑しながら、本棚を見上げた。

 「けど忘れてはいけないよ。演技も大事だけど、自分を隠しすぎるのは危険ってことをさ。」

 わたしは小さくうなずいて、再び図書館の中を見渡した。

 次の本には、どんな物語が待っているんだろう。

 心の奥が、ほんの少しわくわくしていた。
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