幼なじみに溺れました

逃げたくなる瞬間



ーーー



 

週が明けた月曜日

朝からまたあの嫌な空気は漂っていた

教室に入った瞬間 ヒソヒソと声が聞こえてくる

 

「ほんと続いてるんだね」

「でも凪くんってすぐ飽きるから」

「そろそろ終わるんじゃない?」

「てか あの子もわかってて近づいてるんだろうね」

 

もう慣れたはずの声だった

でも今日は違った

 

(…もう限界)

 

席に座っても心がざわざわして落ち着かない

沙耶がすぐに隣に寄ってくる

 

「凛 大丈夫?」

 

「…もうやだかも」

 

「…」

 

「私 別に狙ってたわけでもなんでもないのに…なんでこんなこと言われなきゃいけないの?」

 

「……」

 

「もう距離取った方がいいのかな」

 

「…でもさ 凛」

沙耶が少しだけ言いにくそうに続けた

 

「凪くんのこと…ほんとになんとも思ってない?」

 

「……」

 

その問いにすぐ答えられなかった

 

「ほら」

 

「…わかんないよ もう」

 

自分でも何が本音かわからなくなっていた

 

その日の放課後

靴を履き替えて昇降口を出ると
また凪が当たり前みたいに隣に並んで歩いてきた

 

「なに」

 

「今日テンション低いな」

 

「別に」

 

「嘘つけ」

 

「…ほんとに別に」

 

凪はそれ以上は何も言わず
しばらく静かに歩いていた

その沈黙が逆に苦しくなる

 

耐えきれず 凛の方から口を開いた

 

「…ねえ」

 

「ん?」

 

「もうやめない?」

 

「…何を」

 

「毎日絡んでくるの」

 

「なんで」

 

「もう疲れたし 周りに色々言われるのもしんどいし」

 

凪は立ち止まった

そして少しだけ顔を傾けるようにして凛の目を見つめた

 

「本気でそう思ってんの?」

 

「……」

 

「じゃ 聞くけどさ」

 

声のトーンが少しだけ低くなる

 

「お前さ 俺が今日 何も話しかけなかったらどう思う?」

 

「……え」

 

「もし今朝から完全に無視してたら?」

 

「……」

 

何も言えなくなった

胸がギュッと苦しくなるのがわかった

 

「それが答えだろ?」

 

「……っ」

 

凪はニヤッともせず
ただ静かにそう言った

 

「じゃ 帰るぞ」

 

また当たり前みたいに歩き出す凪の背中を
凛は黙って追いかけるしかなかった

 

(ほんと 意味わかんない…)

 

逃げたかったはずなのに
逃げられなかった

 

ーーー

 
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