犬猿の仲でも溺愛が止まりません!

新たな火種



「桜井様、いらっしゃいませ」
「五月さん、よろしくお願いします」

料亭の名前は玉翠庵(ぎょくすいあん)とある。
美しい妙齢の藤色の着物を着た女性が、入り口で丁寧に迎えてくれた。

「……ひぃ……」
夏希は呻くことしかできない。

「そんな緊張せえへんで。昔なじみの店さかい」
佐原は夏希の頭をポンと撫でた。

「こちらは伊集院五月さん。この玉翠庵の女将さんよ。古くからの料亭だけど、家族ぐるみで仲良くさせていただいているの。ここのおうどん、おだしがしっかりしてて美味しいのよ〜」
と百合さん。

(昔なじみって……さすが社長の家族〜)
夏希はちょっと引いている。








カポーン




こちらへと案内された廊下から見える日本庭園には赤い綺麗な鯉。そして、鹿威しが時折鳴り、ますます格式高い料亭を思わせる。

「最近はランチもやらせていただいてます。夜はなかなか来れへん若いお客様にも大変好評なんですよ〜」
女将さんが微笑みながら、個室に案内する。大阪弁というより、はんなりして京都の方言に感じる。

「桜井様、司はんはいかがおすか?うちは何もできへんですが、美味しいものたんと食べてってくだはい」
「ありがとうございます。夫はまだ……でも、彼も頑張ってるんですもの。今日は涼司の同僚の夏希ちゃんも、わざわざ心配して大阪に来てくれたの。だから、美味しいもの食べて元気出そうと思って!」
「百合さんが元気のうたら、司はんも悲しむわ。それが一番や」
そういえば佐原父は桜井司だったなと、夏希はぼんやり思った。そして、この二人は昔なじみの友人でもあるらしい。


日本庭園が見える個室に案内され、夏希は佐原の隣にちょこんと座る。
キョロキョロしていると、
「かわええお嬢さんやわ〜」
と五月さんににっこり微笑まれた。
赤面してなんて返したら良いか分からずいると、
「かわええでしょう!いつも伊藤が元気をくれるんや」
と佐原から生暖かい視線も感じ、
「ば、ばか!」
と佐原にグーパンをしてしまう。

「あらあら仲良しねぇ〜」
と百合さんが嬉しそうにしている。





「失礼いたします」
凛とした声が響いた。



女将さんの後ろには、またまた日本人形のような美しい女性が立っていた。
美しい黒髪を結い上げている。
「お茶をお持ちいたしました」

「あらあら、玲香ちゃん、見ないうちに更に美人さんになったわねぇ」
百合が声をかける。

「もう二十歳になりましたえ」
とふんわりと微笑む。
「玲香がハタチか!俺も年取るわぁ」
と佐原ががっかりした。

「小さい頃は、にいやんと涼司はんの背中ばかり追いかけとったのに、もう二十歳やわ。最近は料亭の手伝いもしっかりしてくれはるから、頼りになるんやで」
と、五月さんが嬉しそうに自慢した。

夏希は佐原の横からちょこんと覗いていたが、
一瞬玲香の冷たい視線を感じ、ブルッとした。
(え……何!?き、きのせい!?)

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