服毒

16.『標的』(1)


まだ外は明るく、窓の外には西陽が差し込む。忙しない1日がようやく落ち着いた空気が漂い始めるころ、レオは書類を片手にデスクから立ち上がった。

その背にすかさず声がかかる。

「レオくん、お疲れさま。今日も遅くまで?」

ナギサ――同じ署内に勤める女性職員。外回りから戻ったばかりなのか、まだ少し頬に赤みを残している。やや柔らかく巻いた髪に、可愛らしい小物をさりげなくあしらった私服風の制服。気の強さを内包した瞳が、迷いなく彼を射抜いていた。

レオは振り返りもせず、淡々と返す。

「今日の分はもう終わりだ。あとは帰るだけ」

「あ、そうなんだ……じゃあさ、駅まで一緒に歩いて――」

ナギサが軽く手を伸ばすが、その指先がレオの袖に触れるより早く、彼の目線が静かに彼女を牽制する。

「悪い。迎えが来てるんだ」

その言葉で、ナギサの笑顔が一瞬だけひきつる。

「そっか……あの人、また来てるんだ」

レオは何も答えず、無言のまま書類を脇に抱え、廊下を進む。その背中にナギサの視線が突き刺さっているのを感じながら。

――そして数分後。
エントランスの扉が開く。

ヨルがそこにいた。静かに、しかし誰の目にも印象的に立つ姿。整えられた髪に、上品な黒のワンピース。控えめな微笑みがレオを待っている。

その姿を見たナギサの唇が、ごく僅かに歪んだ。

「……はじめまして、だったかな?」

すぐ横に立つと、あえて他の職員の目に触れない廊下の隅へヨルを誘うように足を進める。

「私、ナギサっていいます。レオくんとは、結構長い付き合いで。…最近はお見かけすることが多いですね」

その口ぶりはあくまで礼儀正しい。だがその裏に潜む、棘のある優越感はあまりにも露骨だった。

「初めまして。レオがお世話になっています」
言葉の端々に潜む棘など気にも止めず、ヨルは丁寧に社交的な挨拶を返す。

ナギサは、ヨルの落ち着いた態度に一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに作り笑いを浮かべた。

「いえ、世話なんてそんな……寧ろ私が助けてもらってるくらいで。レオくんはちょっと無愛想だけど、優しくて頼れるところがあるっていうか……」

わざとらしく目を細めて、ヨルの顔を探るように視線を走らせる。

「――って、こんなこと言われても分からないか。ヨルさんでしたっけ? レオくん、なかなか人に心を開かないですもんね、まだ関係が浅いでしょうから...」

まるで“あなたは彼のほんの一面しか知らないでしょう?”とでも言いたげな声色。
それでもナギサは、微笑みを崩さない。
目の奥では、確かな嫉妬が燃えていた。
彼女にとっては、たとえ触れられなくとも、ずっとそばにあった存在。
それを、目の前の女が――外からやってきた女が、たやすく手に入れているのだとしたら。

「でも……気をつけてくださいね? レオくん、無理して我慢する癖があるから」
ふと近づき、声をひそめるように。
「“本当の顔”を知ってから、後悔しても……遅い、かも」

その言葉には、あからさまな敵意と警告が込められていた。
だが、ナギサがその“本当の顔”を知らないということだけが、唯一の事実だった。

「本当の顔...」
彼女の必死なマウントより、その言葉で浮かんだ昨夜の光景にヨルの瞳が揺れる。2人で過ごした熱い夜。服に隠れて見えない、己に残された彼の印が熱を持つようだった。

だが、そんなことを知らないナギサはヨルの一瞬の間に気を良くしたのか、唇の端をわずかに吊り上げる。彼女の動揺に勝ち誇ったように畳み掛けた。

「やっぱり、まだ何も知らないんですね。レオくんのこと」
肩をすくめるような仕草で、あくまで“忠告”の体を装って続ける。

「彼ね、過去に相当いろいろ抱えてるの。強くて優しい分、きっと無理してる。私たち、ずっと一緒に仕事してきたから…分かるんです」
わざとらしく"私たち"という言葉を強調する。共に時間を過ごしてきたアドバンテージ。
ナギサの視線はヨルを貫くように鋭くなっていた。

「表面だけ見て“好き”なんて言っても、彼の本当の傷には触れられない。あなたには…ちょっと、重すぎるかも」
言葉に乗せられた、同情と優位の混ぜ物のような毒。
だが、その毒が本当に効く相手なのか――ナギサはまだ知らなかった。

それでもなお、彼女は勝利を信じていた。
今この瞬間、ヨルの胸の奥でレオとの夜を思い返していたことなど、想像もしていなかったのだから。

「そうですか。貴女のような優しい方々が隣で支えいてくださったから、今の彼があるんですね」

ナギサが必死に混ぜる毒も、ヨルには何の意味もない。寧ろ、支えてきたことに感謝できる余裕まで。それはヨルとナギサの圧倒的な差、埋めることの出来ない彼との距離の違い。

ナギサの口元が引きつったように歪む。
ヨルの礼儀正しく、けれど一切動じない姿――それが、彼女にとっては最大の屈辱だった。
余裕の笑みで返される感謝。それはまるで「あなたはただの通過点」と言われたようなもの。

「…っ、でも…感謝だけでやっていけるほど、彼との関係って甘くないと思いますよ」
絞り出すように続ける声は、もはや綺麗な仮面を保てていなかった。
どこか刺々しく、強がりの色が滲み始めている。

「彼の“全部”を受け入れる覚悟があるんですか?苦しみも、怒りも、傷も――ただの優しさじゃ受け止めきれない。彼を本当に理解してるの、私のほうかもしれませんよ」

まるで、自分自身に言い聞かせるかのように。
必死に、嫉妬と焦燥を隠し切れずに。

だが、その言葉は、今のヨルにこそ最も的外れな問いだった。
ヨルは既に知っている。
レオの奥底にあるものを。彼が他者に決して見せない闇の形を。
そして――その全てを、愉しみすら抱いて愛していることを。

「そうかもしれませんね」

ヨルから見れば鼠が鳴いているようなもの。絶対に届くはずのない可愛い嫉妬を燃やす彼女を尊重するように丁寧な返答をした。

「でも、私は彼が選んでくれたという事実に精一杯応えるだけです」

だが、それは明らかな一線。ナギサの言葉など何の効果も無いが、これ以上のおふざけは気をつけろという警告を含んだもの。

ナギサの表情が一瞬で強張った。
微笑みを浮かべたまま静かに放たれたその言葉は、突き放すような鋭さと重みを持っていた。
まるで頬を平手で打たれたような衝撃。優雅で柔らかな声色のまま、決して抗えない事実を突きつけられる。

「――ッ……」

何か言い返そうとして口を開くが、声にならない。
ヨルの瞳には、迷いも、苛立ちもない。ただ揺るぎない「信頼」と「確信」があるだけ。
ナギサが入り込む余地など、最初から存在しない。

その時、背後から足音が近づく。

「…ヨル」
振り返ると、レオが近づき、彼女の隣に立った。無言で視線を交わすふたり。その間に割って入ることなど、ナギサには到底できなかった。

レオの横顔は無表情だが、瞳だけがまっすぐにヨルを見つめている。
ナギサがヨルが何を言ったのかは聞こえていないはずなのに、何かを察したような雰囲気をまとっていた。

ヨルは彼を一瞥し、何も言わずにナギサへと再び微笑む。静かな呼吸と、ひとつの確信。

――やっぱり、レオは私のもの。

そしてこの“当て馬”が、どれほど足掻こうと、そこは揺るがない。
彼女の一歩先にあるすべてを、レオは既にヨルに捧げているのだから。

「この方が待っている間話をしてくれたの。親しい仲なんでしょ?」

ナギサはヨルの言葉に下唇を噛む。必死に牽制していた相手に名前すら呼ばれない。まるでただの職場の人間という有象無象としての認識であると告げられたような屈辱感。

ヨルは余裕のある表情でレオの返答を待った。

レオはそのやり取りの空気をひと目で読み取った。ナギサの顔には悔しさと怒りが滲んでいる。ヨルはいつも通り静かに、しかし確実にその火種を摘んでいた。

「……ただの同僚だ」
レオの声はいつになく冷ややかだった。

ナギサがわずかに目を見開く。
「ただの同僚」――この言葉は、彼女にとって何より残酷だった。
彼の隣に立ち、冗談を交わし、軽口を叩いた日々が、その一言で無に帰す。

レオは、それ以上一切ナギサを見なかった。
代わりにヨルへと目を向ける。ほんのわずかに緩んだ眉、静かな瞳。
誰よりも信頼し、預けきっているそのまなざしで、彼女の手をそっと取った。

「行くぞ」
拒否の余地すら与えず、そのまま彼女を連れて歩き出す。

ナギサはその背中をただ見送るしかなかった。
ヨルに向けられる眼差しの違い――自分がどれほどそこへ届かないかを、痛いほど見せつけられて。

彼女に声が届かない建物の外に出ると、少し前を歩いているレオの手をそっと取った。

「もっと優しくしてあげなくて良かったの、"レオくん"?」

ナギサの口調を真似て、くん付けで彼の名を悪戯に呼ぶ。

レオは足を止め、繋がれた手を握り返した。
振り向いたその表情には、いつものような怒気はない。ただ、どこか呆れたような、けれど確かに彼女にだけ向けられる柔らかさが滲んでいる。

「……また煽ってるな、おまえ」

だが口調は低く、どこかくぐもった声だった。
彼女が真似た「レオくん」という呼び方。その舌先で弄ぶような響きが、彼の胸に火を灯すのを自覚していた。

「優しくする理由が無いだろ。あいつが、おまえに敵意向けた時点で終わりだ」

語気が強くなったのは、ナギサにではなく、ヨルにそんな視線を向けさせたことへの苛立ちだ。
それが彼の独占欲の形。誰にも彼女の気持ちを乱されたくないという、静かな本能。

「……それより」

彼は目を細めて、じっとヨルを見下ろす。

「おまえの方こそ……わざとやってただろ。あの距離感、目の使い方……あれは〝刺す〟時の顔だった」

まるで獲物を見下ろす猫のように。
誰にも気づかれず、でも確実に傷を負わせる、彼女独特の遊び方。

「……楽しかったか?」
その問いは、責めているようで、実はどこか愛しさを滲ませていた。

「なかなか楽しかったよ。必死になってて可愛い人だった」

新しい玩具を手に入れた子供のように微笑むヨル。

レオは片眉をわずかに上げた。
呆れたように小さく息を吐きつつ、繋がれた手を引き寄せて、彼女を自分の胸元へとそっと抱き寄せた。

「……おまえ、性格悪いな」

そう言いながらも、声音に怒りはなく、むしろその奥にある“惚れた弱み”が透けて見える。
抱き寄せたヨルの髪に、彼女だけが持つ香りがふわりと立ちのぼり、それに安堵するように目を細めた。

「でも──それで良い」

ヨルが誰かを傷つけたとしても。
彼女の心が、自分から逸れてさえいなければ、それで良い。

レオはそのまま少し体を離して、低く、意図的にゆっくりとした声で囁いた。

「……おまえが誰かを追い払って、俺を手元に置いておきたいって思うなら、そうしてくれ。全部、受け止める」

まるで挑むように、彼はヨルの瞳を真っ直ぐに見つめた。
彼女の中にある独占欲――それがどんなに深く、歪で、静かに燃えるものだったとしても、愛しいと思えてしまう。

「……その代わり」
小さく顎を指で持ち上げるようにして、顔を近づける。

「おまえは、ずっと俺だけを見てろ」

唇が触れるほどの距離。
それは束縛でも命令でもなく、ただの“願い”のように聞こえるほど、静かで真剣だった。

「もちろん」
彼を少し追い越し、振り返ると目を細めて笑う。

「"レオくん"」

それはレオさえ気づかない、自分の知らない彼さえも自分のものであるという彼女の小さな上書き。だが、レオは不愉快な呼び名に眉を顰める。

そのままヨルの腕をぐいと引いた。反発する隙も与えず、彼女の腰をぐっと引き寄せる。

「……そんな風に呼ぶな、ヨル」

低く、やや苛立ちを帯びた声音。
それは嫉妬ではない。彼女の口から出るその“呼び方”に、彼自身が妙な嫌悪感を覚えているからだった。

「おまえは...」

ただの呼び名ひとつに、ここまで敏感になるのはヨルだからだ。
どんなに意地悪に笑っていても、その声音や唇の形が自分にだけ向けられると知っているからこそ、そこに他人の影が混ざるのが我慢ならない。

「……ちゃんと“レオ”って呼べ」

その声には明確な支配があった。
けれど同時に、どこか苦しげなほどの独占欲が滲んでいた。
レオの手はヨルの頬をそっと撫でながら、もう一度、彼女の瞳を覗き込んだ。

「おまえが俺を呼ぶ声だけは……本物じゃないと、意味がない」

そう言ってわざと不機嫌そうな顔をしてみせたが、その目の奥には、どこか甘えたような、拗ねたような色が滲んでいた。

ナギサとヨルの圧倒的な違い。比べるまでも無い、レオとの距離、 2人だけの空気。
胸に抱えていた確信を実感できる彼の返答に満足すると、もう一度名前を呼ぶ。

「レオ」

今度はちゃんと、レオが望む通りにヨルの呼び方で。

レオの目元がふっと緩んだ。
さっきまでの苛立ちがすうっと引いていく。彼女の口から素直に零れたその一言だけで、心のどこかにあったざらつきが、温かく溶かされていくようだった。

「……ああ、それでいい」

彼は静かに答え、頬に触れていた手をそのまま彼女のうなじへと滑らせた。
指先が髪を優しく掬い、言葉にできない思いをなぞるように撫でる。

彼は彼女の頬にそっと唇を寄せた。
軽く触れるだけのキス。けれどそこには、言葉以上に強い独占の意志と、彼女への深い愛情が詰まっていた。

触れ合うこの距離が、誰にも割り込まれない二人だけの場所であると、自然と確かめ合っていた。

「……あいつの話だけど」

わざと話題を戻すように呟いた声は、どこか意地悪で、わずかに口元を吊り上げながら続いた。

「可愛かったとか言ってたけど。おまえ、ちゃんと俺が自分のものだって釘刺しておいたか?」

その問いには、からかいの熱と、見えない棘が潜んでいる。
自分以外に向けた彼女の視線すらも、やはり手放したくない――そんな、レオなりの甘えた牽制だった。

「私はきみが選んでくれた特別な存在なんだって、"少し"教えてあげたよ」

それがナギサにとってどんな鋭い言葉だったか分かっていながら、あくまで教えてあげたと言う悪魔のようなヨルの笑み。

レオはヨルのその言葉に目を細め、鼻先で笑った。その笑みは皮肉にも似ていたが、すぐにどこか呆れたような、けれど愛しさを押し殺せない男の顔に変わる。

「“少し”か。それなら十分だな」

ヨルの笑みに隠された刃の鋭さも、わざとらしい無垢さも――レオにはすべてが手に取るように分かる。
誰かを傷つけるためじゃない。ただ、自分という存在を誰よりも強く求め、信じ、守ろうとする彼女なりの愛し方。

「……悪い女」

けれど、それは咎めではなかった。むしろどこか誇らしげで、嬉しそうですらある声音。
彼だけが知る、彼だけに向けて牙を隠していた獣のようなヨルが、他人にほんの少しだけ牙を見せた――それは、彼女の支配欲と、愛情の深さの証そのものだった。

「俺がおまえを選んだんじゃない」

そう言って、レオは彼女の手を強く引き寄せた。一歩も隙を与えず、もう一度その額を自分のものとするように寄せる。

「おまえ以外、最初から眼中にないんだ」

それは誰にも聞かせない、ヨルだけに向けた言葉だった。選んだのではなく、彼の中で、ヨル以外はどこにも存在していなかったのだ。

そしてほんの僅か、唇が触れるか触れないかの距離で囁く。

「……おまえこそ、自分がどれだけ“特別”かわかってるのか」

僅かに熱を孕んだ声が、二人の間に流れる空気を変える。彼女の息を感じながら囁くその声には、静かに火を灯したような執着があった。
誰の手にも触れさせたくない――それは、お互い様だと改めて確かめ合うように。

「わかってるよ。だって私にはきみが残してくれた特別な印があるからね」

ナギサの小さなマウントの言葉で思い出した熱い夜の記憶を、彼にも共有するかのように自分のシャツのボタンを上から2つ外して見せる。
服の間から覗かせる鎖骨の上に残る跡は自分がレオのものであると自慢げに示しているようだった。

レオの目が、その跡に吸い寄せられる。
視線を逸らすことも、逸らせる理由も、もう彼の中には残っていなかった。

「ああ……俺がつけたんだよな」

喉の奥で小さく息を漏らすように呟いたレオの声には、誇らしさと独占欲が絡んでいた。
誰の目にも晒したくない。自分だけが知っていて、自分だけが見ていればいい。
けれど――今、この瞬間だけはいい。
彼女がその証を“わざと”見せた意味も、すべて分かっているから。

「おまえが“俺のもの”だって、誰にも疑わせる余地はない」

抑えた声の奥にある嫉妬の色。それは、ヨルがさっきまで見せていた静かな独占の裏返し。

レオはシャツの隙間にそっと指を伸ばし、自分がつけたその跡をなぞった。
ひんやりとした指先に触れたのは、柔らかな肌と、そこに残る自分だけの印。

「ヨル」

低く、抑えきれない感情が混ざった声で彼女の名を呼ぶと、次の瞬間にはシャツの隙間を乱雑に閉じるようにボタンをかけ、彼女の身体をぐっと引き寄せる。

「でも……外でそういう顔するな」

誰にも見せたくない。誰にも気づかれたくない。その小さな誇示でさえ、他人の目に触れるかもしれないと言うことが堪らなく不愉快だった。

どれだけ他人が騒ごうと、手を伸ばそうと、決して届かない――絶対的な絆。
それを示すように、レオは彼女を見下ろして、低く囁いた。

「その印……もっと増やしても、いいのか?」

彼の甘い囁きにゆっくりと口角あげる。

「......家に帰ったらね」

彼の期待を膨らませるように、想像を掻き立てるように、そっと。

レオは喉の奥で小さく笑った。
低く、微かに掠れたその声は、彼の理性をかろうじて繋いでいる証。
だが――それはとても危うく、今にも切れそうな一本の糸。

「……その言葉、忘れるなよ」

目を伏せたままヨルの顔を見つめ、前髪が触れる距離まで近づく。街灯の下で揺れる彼女の睫毛、その奥にある甘い挑発。
それがどれほど彼の中の衝動を刺激するか、ヨルはきっと分かっている。

「……ヨル」

彼女の手を再びしっかりと握り、まるで「誰にも渡さない」と言うように強く引き寄せた。
そして、彼女の耳元で低く囁く。

「帰ったら……ちゃんと覚悟しておけよ」
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