転校生はAI彼氏。

 その日の夜。

 部屋で一人になって、今日のことを思い返していた。

 スタンドライトの暖かい光が、机の上を照らしている。

 イーライに手当てしてもらった時のドキドキ。

 あの温かい感覚。

 指に残ってる、彼の手の感触。

 思い出すだけで、また胸がドキドキしてしまう。


(柚木くんが話してた『恋愛の心理学』、気になって借りてみたんだけど…)


 土曜日の勉強会で、柚木くんが「人の気持ちの動きとか、なんで人は恋に落ちるのか」って話してた。

 その時はただ面白そうだと思って、柚木くんのお勧めを借りたけど。


 でも今は、自分の気持ちを理解したくて。

 ページをめくる音が、静かな部屋に響く。



【・恋愛感情のメカニズム】

【・理想化と投影】

【・依存と愛着の違い】

 ……とっつきにくいけど、でも、知りたい。

 今の自分の気持ちを理解したい。
 この胸のドキドキが何なのか。

『恋愛感情のメカニズム』の章を開く。

<恋愛感情は、相手への理想の投影と、安心感の組み合わせから生まれる>

(理想の投影…安心感…)

 今日、イーライに手当てしてもらった時のドキドキ。
 昨日、本音で話せた時の安心感。

 この二つが組み合わさって──


「恋……」


 声に出して言ってみる。

 部屋に、自分の声だけが響く。

 久しぶりすぎて忘れてた、この感覚。

 でも確かに、これは恋だ。


(私、イーライのこと…好きになってる)


 その事実を受け入れた瞬間、胸の奥がふわっと温かくなった。

 恋。

 そうか、これが恋なんだ。

 初めて自分の気持ちがはっきりした。

 なんだか、とても嬉しい。

 こんな気持ちになれるなんて、思わなかった。


 でも、待って。


 もう一度本に視線を戻す。

 読み進めていくと…


【特に相手が理想的すぎる場合、それは『投影』による錯覚の可能性がある】


(理想的すぎる…)


 イーライって確かに…

 完璧すぎるくらい優しくて、理解があって。

 私の気持ちをいつも受け入れてくれて。

 まるで私の理想そのもの。




【現実の相手ではなく、

『自分が作り上げた理想像』に恋をしている場合、

──それは真の恋愛感情とは言えない】




(自分が作り上げた理想像…)



 血の気が引いていく。


 だって。
 イーライって。


 私が性格カスタマイズしたAIでしょ?

 私の理想を投影したキャラクター。

 つまり、私は自分で作った理想に恋してる?

(これって恋愛じゃなくて)

 本をパタンと閉じた。
 その音が、やけに大きく聞こえる。

「ただの現実逃避……。
演技しない自分どころか、
自作自演の夢女子じゃん……」

 私が設定した性格に恋してるだけ。

 冷静に考えてみれば、そうなる。
 いや、薄々は自分でも、わかってたことだったのに。

 心理学の本に書いてある通りだ。

 理想化と投影。

 学術的に説明されると、すべてが論理的に見えてしまう。

 情けない。
 本当に情けない。

 スタンドライトの光が、急に冷たく感じた。

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