本屋のポチ
本屋の裏のダイナー風カフェでモカを飲みながら1冊開いた。ここは食事も美味しいけれど、とりあえずひと休み。会社には直帰と伝えてある。脚がだるいのでパンプスを脱ぐ。
雨音がBGM。コーヒーのにおいでリラックス。ほかにお客さんがいないのはだんだん強まる雨のせいかな。一番奥のボックス席。大きな窓に紗と夜がかかって外界から遮断される。

「待った?」

白い長そでTシャツに黒いデニム姿の青年が私に小さく声をかける。真っ白な丸い顔。まつ毛の長い黒いつり目。高い鼻。ぽってりとした赤い唇。漆塗りみたいな短い髪から透明な雫がなめらかな頬にこぼれる。細身で長身。
「傘持ってないの?」
「いつも持ってないよ」
「はい」
予定調和の会話を経て、私はトートバッグの中から白いタオルを出して彼に渡す。「ありがとう」と彼は言った。魅力的な低い声で。控えめに。

仕事終わりでさぞかしお腹をすかせているだろうと思いきや、彼もオレンジジュースひとつを頼んだきりで文庫本を開いた。今日発売の新刊を。
しばらく無言でふたりとも本を読み続ける。会話がなくても彼のそばはとても居心地が良い。新しい本のにおいも。

「荷物持つよ」
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