君がくれた明日
出会いは春風の中で

君がくれた明日






 

 

春の匂いが、制服の袖に触れた

 

始業式の朝

 

昇降口をくぐり抜けると、校庭の桜が満開だった

 

 

高校三年生──

 

最後の一年が始まる

 

でもその時の俺は、まさかこれが”人生を変える一年”になるなんて
微塵も思っていなかった

 

 

「えっと…3年3組…っと」

 

名簿に自分の名前を見つける

 

人混みの中をすり抜けて、教室を探していると

 

──ふわり

 

前を横切った誰かの髪が、春風に揺れた

 

透明感のある栗色のロングヘア

 

一瞬だけ、ふわっと甘い香りが残る

 

その人は、軽やかに俺の前を通り過ぎていった

 

知らない子だった

 

でも何故だか
胸の奥がドクンと跳ねた

 

 

新しい教室に入ると
少し緊張しながら席を探した

 

ふと、その子が近づいてきた

 

「ねぇ、もしかして……貝崎くん?」

 

声をかけられて振り返ると
そこにいたのはさっきの子だった

 

「え? あ、うん」

 

「よかった!私、立花叶愛っていいます。今日から同じクラスだね」

 

彼女はふわっと笑った

 

その笑顔に
一瞬、息を呑んだ

 

まるで春の光みたいに柔らかくて
まぶしかった

 

 

「よろしく…」

 

俺は少しだけ動揺しながら頭を下げた

 

 

──こうして俺と叶愛の一年が始まった

 

まさか、その一年が人生を全部塗り替えるなんて知らずに

 

 



 

 

春が過ぎ、少しずつ暖かくなるにつれて

 

俺たちは自然と、隣にいるのが当たり前になっていった

 

 

朝──

 

昇降口で叶愛が待っている

 

「ちはやくん、おはよう!」

 

手を振る彼女の笑顔だけで、何でもない朝が特別になる

 

「おはよう、叶愛」

 

俺も手を振り返す

 

そのやり取りすら、なんだか心が浮ついていた

 

 

昼休み──

 

机をくっつけて、一緒に弁当を食べる

 

「今日はね、卵焼きちょっと甘めにしてみたの」

 

「へぇ、いただきます」

 

一口食べると、ふわっと甘さが広がった

 

「うまい」

 

「ほんと?」

 

「毎日食べたいぐらい」

 

「……それってプロポーズ?」

 

「ち、違うけど…」

 

「ふふ、ちはやくん可愛い」

 

照れた俺の顔を見て、叶愛がくすくすと笑った

 

その笑顔が、たまらなく好きだった

 

 

放課後──

 

課題を一緒にやったり、意味もなく並んで歩いたり

 

他愛もない日々の中で、俺の中にある想いはどんどん膨らんでいった

 

 

──俺、完全に落ちてる

 

叶愛のことが、好きで好きでたまらなかった

 

 

でもまだ言えずにいた

 

 

ある日の帰り道、夕暮れの桜並木を歩きながら

 

叶愛がふと立ち止まった

 

「ちはやくんってさ」

 

「ん?」

 

「好きな人いるの?」

 

ドキリとした

 

心臓が暴れる

 

「……」

 

答えに詰まる俺を見て、叶愛は少し寂しそうに笑った

 

「そっか」

 

 

──違うんだ

 

本当は目の前にいる君が、その「好きな人」なのに

 

 

帰り道は、少しだけ沈黙が多かった

 

でも、その静けさが逆に俺の背中を押した

 

 

次の日

 

放課後の図書室に呼び出した

 

窓際の席、夕陽が差し込む時間

 

「叶愛」

 

「ん?」

 

「俺……」

 

 

深呼吸をして、言葉を絞り出した

 

「俺、叶愛のことが……好きだ」

 

 

一瞬の静寂

 

怖かった

 

息が止まりそうだった

 

 

だけど──

 

「……私も」

 

叶愛は、柔らかく微笑んでくれた

 

「私も、ちはやくんのこと好き」

 

 

その瞬間

 

世界が一気に輝いた気がした

 

 

「ほんと?」

 

「ほんとだよ」

 

小指を絡めて、叶愛が言う

 

「約束だよ? これから、ずっと一緒」

 

「……うん、約束」

 

 

交わした小指が、あたたかかった

 

 

それが
俺たちの”始まり”だった

 

──永遠になるはずだった始まり

 

 



 
< 2 / 10 >

この作品をシェア

pagetop