君がくれた明日
出会いは春風の中で
君がくれた明日
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春の匂いが、制服の袖に触れた
始業式の朝
昇降口をくぐり抜けると、校庭の桜が満開だった
高校三年生──
最後の一年が始まる
でもその時の俺は、まさかこれが”人生を変える一年”になるなんて
微塵も思っていなかった
「えっと…3年3組…っと」
名簿に自分の名前を見つける
人混みの中をすり抜けて、教室を探していると
──ふわり
前を横切った誰かの髪が、春風に揺れた
透明感のある栗色のロングヘア
一瞬だけ、ふわっと甘い香りが残る
その人は、軽やかに俺の前を通り過ぎていった
知らない子だった
でも何故だか
胸の奥がドクンと跳ねた
新しい教室に入ると
少し緊張しながら席を探した
ふと、その子が近づいてきた
「ねぇ、もしかして……貝崎くん?」
声をかけられて振り返ると
そこにいたのはさっきの子だった
「え? あ、うん」
「よかった!私、立花叶愛っていいます。今日から同じクラスだね」
彼女はふわっと笑った
その笑顔に
一瞬、息を呑んだ
まるで春の光みたいに柔らかくて
まぶしかった
「よろしく…」
俺は少しだけ動揺しながら頭を下げた
──こうして俺と叶愛の一年が始まった
まさか、その一年が人生を全部塗り替えるなんて知らずに
*
春が過ぎ、少しずつ暖かくなるにつれて
俺たちは自然と、隣にいるのが当たり前になっていった
朝──
昇降口で叶愛が待っている
「ちはやくん、おはよう!」
手を振る彼女の笑顔だけで、何でもない朝が特別になる
「おはよう、叶愛」
俺も手を振り返す
そのやり取りすら、なんだか心が浮ついていた
昼休み──
机をくっつけて、一緒に弁当を食べる
「今日はね、卵焼きちょっと甘めにしてみたの」
「へぇ、いただきます」
一口食べると、ふわっと甘さが広がった
「うまい」
「ほんと?」
「毎日食べたいぐらい」
「……それってプロポーズ?」
「ち、違うけど…」
「ふふ、ちはやくん可愛い」
照れた俺の顔を見て、叶愛がくすくすと笑った
その笑顔が、たまらなく好きだった
放課後──
課題を一緒にやったり、意味もなく並んで歩いたり
他愛もない日々の中で、俺の中にある想いはどんどん膨らんでいった
──俺、完全に落ちてる
叶愛のことが、好きで好きでたまらなかった
でもまだ言えずにいた
ある日の帰り道、夕暮れの桜並木を歩きながら
叶愛がふと立ち止まった
「ちはやくんってさ」
「ん?」
「好きな人いるの?」
ドキリとした
心臓が暴れる
「……」
答えに詰まる俺を見て、叶愛は少し寂しそうに笑った
「そっか」
──違うんだ
本当は目の前にいる君が、その「好きな人」なのに
帰り道は、少しだけ沈黙が多かった
でも、その静けさが逆に俺の背中を押した
次の日
放課後の図書室に呼び出した
窓際の席、夕陽が差し込む時間
「叶愛」
「ん?」
「俺……」
深呼吸をして、言葉を絞り出した
「俺、叶愛のことが……好きだ」
一瞬の静寂
怖かった
息が止まりそうだった
だけど──
「……私も」
叶愛は、柔らかく微笑んでくれた
「私も、ちはやくんのこと好き」
その瞬間
世界が一気に輝いた気がした
「ほんと?」
「ほんとだよ」
小指を絡めて、叶愛が言う
「約束だよ? これから、ずっと一緒」
「……うん、約束」
交わした小指が、あたたかかった
それが
俺たちの”始まり”だった
──永遠になるはずだった始まり
*