君がくれた明日
ずっと隣に
⸻
春休み
新生活まで、あと少し
引っ越しの荷物整理も終わり
仕事が始まる日も決まっていた
俺たちは完全に、未来へ向かって歩き出していた
その日は朝から天気が良かった
「ちはやくん、今日はちょっと遠出しよ?」
「遠出?」
「ドライブしたい!海、見に行こう?」
「お前ほんと急に思いつくよな」
「だって最後の春休みだもん。二人だけで思い出作りたいの」
叶愛が、車の助手席で嬉しそうに笑ってた
俺も思わず笑って頷いた
「じゃあ、行くか」
「うんっ!」
高速道路を走りながら、二人で好きな音楽を流して
時々、隣の叶愛が小さな声で歌い出してた
「ねぇ、ちはやくん」
「ん?」
「ほんとに幸せだね、今」
「そうだな」
「このままずっと…こうやって笑っていられるのかな」
「いられるさ」
「……ほんと?」
「ほんとだよ」
俺は叶愛の手を取って
優しく握りしめた
指先のぬくもりが、ちゃんと返ってきた
「約束だよ?」
「何回でもするさ」
小指を絡めた
もう何度目かわからない”おまじない”だった
海沿いの公園に着いた時には
日が傾き始めていた
波の音だけが静かに響く
二人で並んで座って、遠くの水平線を眺めた
「ここ、好き」
叶愛が呟いた
「今度は夏にまた来ような」
「うん……水着持ってくる!」
「お前、ほんとそういうとこだけは張り切るな」
「ちはやくんの前だからだもん」
「…かわいすぎるだろ」
自然と肩を寄せ合い
そのままゆっくり唇を重ねた
波の音と、潮風と、叶愛の体温
すべてが優しく混ざっていた
──これが、最後のキスになるなんて
この時の俺は、想像すらしていなかった
【*】
翌日──
「ちはやくん、今日は少しバイト遅くなるね」
「気をつけろよ」
「うん、すぐ終わるから」
「迎えに行こうか?」
「大丈夫だよ。帰り道慣れてるし」
「無理すんなよ」
「うん、ありがと」
スマホの向こうの叶愛の声は、いつも通り穏やかだった
──それが、最後の会話だった
【*】
夜 19:43──
スマホが鳴った
画面に表示されたのは知らない番号
胸の奥がざわついた
恐る恐る通話ボタンを押す
『貝崎千颯さんのご家族、またはご友人の方でしょうか?』
「……はい?」
『こちら○○警察署です。立花叶愛さんが……』
時間が止まった
耳鳴りがした
『……交通事故に遭われまして……現在○○病院に搬送中です──』
「……っ、うそだろ」
スマホを握る手が震える
声が出なかった
足が勝手に動き出していた
──いやだ
いやだいやだいやだ
タクシーに飛び乗り
病院へ向かう車内で何度もスマホを見返す
「大丈夫、大丈夫……」
口に出して自分に言い聞かせるたびに
胸の奥が引き裂かれそうになっていた
まだ、叶愛の笑顔が脳裏に焼き付いていた
昨日、あんなに幸せそうに笑っていたばかりだったのに──
【*】