君がくれた明日
時が止まった夜
⸻
病院に着くと
受付に駆け寄った
「立花叶愛は…っ!?」
慌てて名前を伝えると、看護師が小さく顔を曇らせた
「ご案内します…こちらへ」
その瞬間
胸の奥で何かが崩れた
なんでだよ
なんで”こちらへ”なんだよ
違う、違う、違う──
長い廊下を歩かされる間
全身が震えていた
目の奥が熱く滲むのに、涙は落ちなかった
現実感がなかった
静かな一室に通された
カーテンの奥に
白い布をかけられた小さな身体が横たわっていた
「かなえ…」
名前を呼ぶ声が、かすれて震えた
恐る恐る
その布を捲った
そこには
目を閉じた叶愛がいた
まるで眠っているみたいに
穏やかな表情のまま
でも──
唇は薄く色を失っていた
「……うそだろ…?」
手が震えた
触れた頬は
冷たかった
さっきまで、あんなにあったかかったのに
昨日、あんなに笑ってたのに
今日、あんなに幸せだったのに
「かなえ…」
声が詰まる
もう呼吸がうまくできなかった
喉の奥から絞り出すような嗚咽が漏れた
「やだよ…やだ…かなえ…」
「一緒に住むって…言ったじゃん…」
「これからだろ…? これからだっただろ…!?」
肩を揺すっても
何も返ってこなかった
涙が止まらなかった
「返事してよ…!」
頬を擦り寄せるように泣き続けた
冷たくなった叶愛の手を
何度も何度も握り返した
でも──
何も返してくれなかった
「なんでだよ……かなえ……」
「なんで…俺を置いてくんだよ……」
泣き叫ぶ俺の声は
静かな病室に虚しく響くだけだった
【*】
通夜の夜
叶愛の寝顔を
何度も見つめ続けた
祭壇の前の遺影は
叶愛らしい、優しい笑顔のままだった
「なんで…だよ…」
誰もいない控え室で、独り呟く
現実感は
いつまでも掴めなかった
スマホを開く
昨日のLINEがまだ残ってる
『すぐ帰るから待っててね♡』
既読のついていない俺の返信が、画面に浮かんでいた
『気をつけてな』
あのとき、迎えに行ってれば
もっと早く連絡してれば
少しだけ遅らせていれば
全部
全部自分を責める言葉に変わっていく
「俺が…俺が守るはずだったのに…」
震えながらスマホを握りしめた
もう叶愛からの通知は、二度と鳴らない
──崩れた
音を立てて
何もかもが、壊れた
【*】