ふつつかな才女は、お望みどおり身を引きます~国より愛を選んだ婚約者と妹、そして残された人々の後悔~
メイジーのために教育係を変えた私に、世間の目は冷たかった。
『イザベラさん、辞任したって』
『殿下が厳しくない教育係をかわりに呼んだらしいわ』
『王妃教育って、そんな優しいものでいいのか?』
『サフィア様は公務に付き添いながら、それでもこなしていたのに……』
『可愛いって得ね。なんでも許されるんだもの』
『レオナルド殿下には実にがっかりだな』
『サフィア嬢より優秀なんて戯言をよく言えたものだ』
王宮の使用人だけではなく、事情を知る国の重役たちや、王宮に勤める騎士にも冷めた視線を向けられた。
父上までもがこの現状に頭を抱えている中で、私が不敬を訴えても聞き入れてもらえないだろう。ましてや、直接文句を言われたわけでもない。だが、王宮にいれば盗み聞きする気はなくとも、嫌でも耳に入ってくるのだ。
以前はサフィアのありもしない噂話や悪口で溢れていたのに、なぜ私が同じ目に……。これも全部、メイジーのせいだ。
王妃教育をサボることはなくなったが、それでも毎日私の部屋に愚痴を言いに来る。
「ねえレオ様、やっぱり今の教育係も合わないかも」
新たな教育係に代わって一か月半、メイジーが私にそう言った。
「なぜだ? 彼女はとても親切で、君を怒ったりしないだろう」
「そうだけど、確認の数が多すぎるの。私ができるって言ってるのに、やり直しをさせる意味ってあるのかしら」
それは君ができると思っているだけで、実際はできていないからだ。
「あっ! いいこと思いついた。イザベラの時みたいにまた王妃教育を休んで――」
「いい加減にしろメイジー! 君は王太子妃になる気があるのか!? 自覚が足りなすぎる!」
溜まりこんだイライラが爆発し、気づけば私はメイジーを怒鳴りつけていた。
「……なによレオ様! 機嫌が悪いからって、私に当たらないで!」
メイジーは無邪気な表情を一変させ、眉をひそめて反抗してくる。
「誰のせいで機嫌が悪いと思ってるんだ。君がいつまでも意識を変えないから、私がいろいろと言われるんだぞ! 私の評判を落とすようなことをするな!」
素直に謝ってくれればよかったのに、反抗してくるものだから、私も勢いに任せて思いのたけをぶちまけてしまった。もう冷静でいることなど、頭から抜けていた。
「レオ様の評価に私は関係ないわ! 大体、こんな面倒を強いられるなんて聞いてなかったもの。こんなの詐欺よ。レオ様は、私は隣にいるだけでいいって言ったじゃない」
「王太子の婚約者が王妃教育を受けるなんてのは、誰もが知っている常識だ。それに隣にいるだけでいいと言ったのは、まだ君が浮気相手だった時の話だろう! いつまで恋人気分でいるつもりだ。もう一度言う。自分の立場がどういうものか、自覚を持ってくれ!」
まさか彼女は恋人のような関係のまま、私の妻になる気だったのだろうか。詐欺に合ったのは、むしろこっちだ。
「レオ様、昔はあんなに優しかったのに。婚約してから変わってしまったわ……」
私が思っていたことを、メイジーがそっくりそのまま口にした。
「君こそ、もっと謙虚で、私を癒し、支えてくれていた。私が変わったなのならそれは君に原因がある」
「ひどい。そうやって全部私のせいにして! レオ様が私に優しくしないから、私も不安になっちゃうのよ。愛を感じられないと、なんに対してもやる気なんて出ないわ。女性っていうのはそういう性質なの。レオ様は女心を全然わかってない!」
可愛い顔を台無しにするほど眉間に皺を刻んでいたメイジーが、今度は突然泣き出した。
彼女の情緒不安定さには、いい加減うんざりする。
大体、女性が皆そういった性質なわけがない。私はサフィアに冷たく接していたが、彼女はこうやって感情に支配され喚き立てたりしなかった。
不安になっている姿だって――あの夜、バルコニーで会話をした時に初めて見たくらいだ。
あの時は、私に慰めてもらいたがっているサフィアを鬱陶しく感じていたが、まさかあいつも本当はずっと、私からの愛に飢えていたのだろうか。不安を口にして、私の気持ちを試したのでは……?
もしそうだったなら、適当に優しくしてやればよかった。美人は三日で飽きるなどただの迷信と思っていたが、あながち間違いではないかもしれない。
地味で、陰気で、そのくせどこか凛としているあの女くらいが、私を引き立てるにはちょうどよかったのか……?
「レオ様は私が泣いていても、もうどうでもいいのね!?」
「……そんなことはない。ただ、私も公務で疲れているんだ。少し頭を冷やしたい。夜にまた話そう」
「そうやって逃げるんだわ。レオ様はずるい人よ」
未だになにか言い続けるメイジーを部屋に残して、私は逃げるようにその場を去った。
夜になると、メイジーの機嫌は治っていた。彼女のアレは発作のようなもので、時間が経てば収まる。
それでも決して謝っては来ないが、怒りも泣きもせず、何事もなかったかのようにひたすら私に甘えてくる。
「レオ様、私、ちゃんとするわ。レオ様を愛しているの。あなたのためならなんだってする」
「ありがとう……しかしその言葉、もう何度聞いたかわからないな」
有言実行した試しはない。甘える前に、やるべきことをやってくれ。そういった気持ちが強くなり、私は適当にメイジーの頭を撫でると、背中を向けて寝る体勢に入る。
きっと甘えた声を出し、体を重ねれば私の機嫌が取れるとでも思っているのだろう。
あまりに彼女らしい浅はかな考えだ。最初こそ彼女のその作戦に乗せられてしまったこともあったが、正直もうそんな気分にはなれない。
「なんでレオ様は愛しているって言ってくれないの!? もう私を好きじゃないんだわ!」
私の態度が気に入らなかったのか、猫なで声を出していたメイジーがまた怒り始めた。
うるさい。面倒くさい。寝る時くらいゆっくり休ませてくれ。
この感情の起伏についていける男がいるとしたら、そいつはよほど物好きなやつだろう。
狸寝入りを決め込む私を見て、メイジーは寝室から出て行った。
……はぁ。これでようやく静かになった。
彼女のぬくもりが消えたベッドのほうが居心地良く感じるなんて、皮肉なものだ。
私だって、こんな態度を取りたいわけではない。頭ではわかっていても、どうしても今のメイジーに優しくできない。だからといって、メイジーと別れる選択はない。
二度も婚約を破棄すれば、世間の私に対する目はさらに冷たくなるだろう。
なにより、グラントリー侯爵は優秀な外交官であり、これまで何度も外交で国益をもたらしてくれた。国にとって貴重な存在だ。二度の裏切りは許されない。
「……このままではよくないな」
せめてメイジーが、少しでも私が見直すような行動を取ってくれれば……。
そういえば、明日は教育係の都合で王妃教育が休みだ。メイジーはその休日を利用して、久しぶりに友人たちとお茶会を開くと言っていた。
話を聞いた時は、なにをのんきに……と思っていたが、いい機会なのでは?
彼女の友人たちに、こっそりメイジーの意識を変える協力を仰いでみよう。
王宮内に籠ってばかりで関わる人間が少ないから、メイジーも息が詰まっているのだ。
私には反抗的でも、友人たちの言葉になら素直に耳を貸すかもしれない。
「……私も顔を出しに行ってみるか」
そう決めて、その日はそのまま眠りについた。
『イザベラさん、辞任したって』
『殿下が厳しくない教育係をかわりに呼んだらしいわ』
『王妃教育って、そんな優しいものでいいのか?』
『サフィア様は公務に付き添いながら、それでもこなしていたのに……』
『可愛いって得ね。なんでも許されるんだもの』
『レオナルド殿下には実にがっかりだな』
『サフィア嬢より優秀なんて戯言をよく言えたものだ』
王宮の使用人だけではなく、事情を知る国の重役たちや、王宮に勤める騎士にも冷めた視線を向けられた。
父上までもがこの現状に頭を抱えている中で、私が不敬を訴えても聞き入れてもらえないだろう。ましてや、直接文句を言われたわけでもない。だが、王宮にいれば盗み聞きする気はなくとも、嫌でも耳に入ってくるのだ。
以前はサフィアのありもしない噂話や悪口で溢れていたのに、なぜ私が同じ目に……。これも全部、メイジーのせいだ。
王妃教育をサボることはなくなったが、それでも毎日私の部屋に愚痴を言いに来る。
「ねえレオ様、やっぱり今の教育係も合わないかも」
新たな教育係に代わって一か月半、メイジーが私にそう言った。
「なぜだ? 彼女はとても親切で、君を怒ったりしないだろう」
「そうだけど、確認の数が多すぎるの。私ができるって言ってるのに、やり直しをさせる意味ってあるのかしら」
それは君ができると思っているだけで、実際はできていないからだ。
「あっ! いいこと思いついた。イザベラの時みたいにまた王妃教育を休んで――」
「いい加減にしろメイジー! 君は王太子妃になる気があるのか!? 自覚が足りなすぎる!」
溜まりこんだイライラが爆発し、気づけば私はメイジーを怒鳴りつけていた。
「……なによレオ様! 機嫌が悪いからって、私に当たらないで!」
メイジーは無邪気な表情を一変させ、眉をひそめて反抗してくる。
「誰のせいで機嫌が悪いと思ってるんだ。君がいつまでも意識を変えないから、私がいろいろと言われるんだぞ! 私の評判を落とすようなことをするな!」
素直に謝ってくれればよかったのに、反抗してくるものだから、私も勢いに任せて思いのたけをぶちまけてしまった。もう冷静でいることなど、頭から抜けていた。
「レオ様の評価に私は関係ないわ! 大体、こんな面倒を強いられるなんて聞いてなかったもの。こんなの詐欺よ。レオ様は、私は隣にいるだけでいいって言ったじゃない」
「王太子の婚約者が王妃教育を受けるなんてのは、誰もが知っている常識だ。それに隣にいるだけでいいと言ったのは、まだ君が浮気相手だった時の話だろう! いつまで恋人気分でいるつもりだ。もう一度言う。自分の立場がどういうものか、自覚を持ってくれ!」
まさか彼女は恋人のような関係のまま、私の妻になる気だったのだろうか。詐欺に合ったのは、むしろこっちだ。
「レオ様、昔はあんなに優しかったのに。婚約してから変わってしまったわ……」
私が思っていたことを、メイジーがそっくりそのまま口にした。
「君こそ、もっと謙虚で、私を癒し、支えてくれていた。私が変わったなのならそれは君に原因がある」
「ひどい。そうやって全部私のせいにして! レオ様が私に優しくしないから、私も不安になっちゃうのよ。愛を感じられないと、なんに対してもやる気なんて出ないわ。女性っていうのはそういう性質なの。レオ様は女心を全然わかってない!」
可愛い顔を台無しにするほど眉間に皺を刻んでいたメイジーが、今度は突然泣き出した。
彼女の情緒不安定さには、いい加減うんざりする。
大体、女性が皆そういった性質なわけがない。私はサフィアに冷たく接していたが、彼女はこうやって感情に支配され喚き立てたりしなかった。
不安になっている姿だって――あの夜、バルコニーで会話をした時に初めて見たくらいだ。
あの時は、私に慰めてもらいたがっているサフィアを鬱陶しく感じていたが、まさかあいつも本当はずっと、私からの愛に飢えていたのだろうか。不安を口にして、私の気持ちを試したのでは……?
もしそうだったなら、適当に優しくしてやればよかった。美人は三日で飽きるなどただの迷信と思っていたが、あながち間違いではないかもしれない。
地味で、陰気で、そのくせどこか凛としているあの女くらいが、私を引き立てるにはちょうどよかったのか……?
「レオ様は私が泣いていても、もうどうでもいいのね!?」
「……そんなことはない。ただ、私も公務で疲れているんだ。少し頭を冷やしたい。夜にまた話そう」
「そうやって逃げるんだわ。レオ様はずるい人よ」
未だになにか言い続けるメイジーを部屋に残して、私は逃げるようにその場を去った。
夜になると、メイジーの機嫌は治っていた。彼女のアレは発作のようなもので、時間が経てば収まる。
それでも決して謝っては来ないが、怒りも泣きもせず、何事もなかったかのようにひたすら私に甘えてくる。
「レオ様、私、ちゃんとするわ。レオ様を愛しているの。あなたのためならなんだってする」
「ありがとう……しかしその言葉、もう何度聞いたかわからないな」
有言実行した試しはない。甘える前に、やるべきことをやってくれ。そういった気持ちが強くなり、私は適当にメイジーの頭を撫でると、背中を向けて寝る体勢に入る。
きっと甘えた声を出し、体を重ねれば私の機嫌が取れるとでも思っているのだろう。
あまりに彼女らしい浅はかな考えだ。最初こそ彼女のその作戦に乗せられてしまったこともあったが、正直もうそんな気分にはなれない。
「なんでレオ様は愛しているって言ってくれないの!? もう私を好きじゃないんだわ!」
私の態度が気に入らなかったのか、猫なで声を出していたメイジーがまた怒り始めた。
うるさい。面倒くさい。寝る時くらいゆっくり休ませてくれ。
この感情の起伏についていける男がいるとしたら、そいつはよほど物好きなやつだろう。
狸寝入りを決め込む私を見て、メイジーは寝室から出て行った。
……はぁ。これでようやく静かになった。
彼女のぬくもりが消えたベッドのほうが居心地良く感じるなんて、皮肉なものだ。
私だって、こんな態度を取りたいわけではない。頭ではわかっていても、どうしても今のメイジーに優しくできない。だからといって、メイジーと別れる選択はない。
二度も婚約を破棄すれば、世間の私に対する目はさらに冷たくなるだろう。
なにより、グラントリー侯爵は優秀な外交官であり、これまで何度も外交で国益をもたらしてくれた。国にとって貴重な存在だ。二度の裏切りは許されない。
「……このままではよくないな」
せめてメイジーが、少しでも私が見直すような行動を取ってくれれば……。
そういえば、明日は教育係の都合で王妃教育が休みだ。メイジーはその休日を利用して、久しぶりに友人たちとお茶会を開くと言っていた。
話を聞いた時は、なにをのんきに……と思っていたが、いい機会なのでは?
彼女の友人たちに、こっそりメイジーの意識を変える協力を仰いでみよう。
王宮内に籠ってばかりで関わる人間が少ないから、メイジーも息が詰まっているのだ。
私には反抗的でも、友人たちの言葉になら素直に耳を貸すかもしれない。
「……私も顔を出しに行ってみるか」
そう決めて、その日はそのまま眠りについた。