ふつつかな才女は、お望みどおり身を引きます~国より愛を選んだ婚約者と妹、そして残された人々の後悔~
次の日。
昼下がりに、王宮のサロンで開催されているお茶会へ足を運んだ。
サフィアは友人を招くことがなかったため、婚約者のこういう場に参加するのは初めての経験だ。
今朝『私もお茶会に顔を出したい』とメイジーに告げると、昨夜の件は忘れたように上機嫌になった。
面倒くさいところは多いが、機嫌の悪さを引きずらない性格は扱いやすくて助かる。
「レオ様、来てくれたのね!」
私がサロンへ到着すると、待ってましたといわんばかりにメイジーが飛びついてきた。腕を絡ませ、そのまま自分の隣の席へと私を誘導する。
「……メイジー。人前では私にもきちんとした態度をとるように。呼び方も変えてくれ」
小声でメイジーに注意すると、彼女は首を傾げる。
「どうして? レオ様はレオ様でしょう?」
「ふたりきりの時はそれでいい。だが、こういった場では私も立場がある」
婚約者が普段は愛称で呼んでいる場合でも、公式な場やお茶会などでは敬語を使い、呼び方を変えることが望ましい。
そうすることでメイジーは私の立場を尊重し、婚約者としての礼儀を周囲に示すことができる。
逆にそうしなければ、私の立場を軽んじていると周囲に捉えられる可能性が生まれてしまう。
「わかったな?」
「……はーい」
メイジーはけだるげに頷いたものの、その後も普段と変わらない態度のままだった。
なにもわかっていないじゃないか。……まぁいい。ここはメイジー主催のお茶会だ。このくらいは大目に見てやろう。
「メイジー様が元気そうでよかったですわ」
「本当に。久しぶりに美しいメイジー様を拝見できて、心が晴れやかになりました」
「殿下の婚約者の座を射止めるなんて、さすがはメイジー様」
今日、このお茶会に参加している令嬢は四人。全員、私も初めて見る顔だ。
……ほう。思ったよりも慕われている。メイジーも自然な笑顔を見せて楽しそうだ。
サフィアだったら、こうはいかなかっただろう。なんせ、彼女は友人がひとりもいなかった。いつもひとりで行動し、仕事や社交以外でお茶を飲んでいる姿を見たことはない。
その点では、こうやって友人に囲まれているメイジーのほうが私には素敵に見える。友人がいるということは彼女が信頼され、周囲に好かれている証にもなるからだ。
久しぶりにメイジーがサフィアより長けている部分を目の当たりにできて、私はお茶会に参加してよかったと思った。
……ひとつ気になることがあるとすれば、侯爵位を持つ家の娘にしては、友人の爵位が極端に低いことだ。
先ほど軽く自己紹介をされたが、四人のうち子爵令嬢がひとり、男爵令嬢がふたり、伯爵令嬢がひとり――。伯爵家のみ聞き覚えがあったが、ほか三名は家名すら聞いたことがない。
メイジーの分け隔てない性格が、友人作りにも影響を及ぼしたのだろう。それほど気に留める必要はないか……。
「ねえメイジー様、そろそろ聞かせてくださってもいいのでは? いったいどうやって、殿下をあのサフィア様から奪ったのか」
ひとりの令嬢が言うと、隣にいた令嬢も目の色を変えて話に乗ってきた。
「あら、そんなのメイジー様を見たらわかるじゃない」
「やっぱりその可愛らしい美貌? それともなにか特別なテクニックがあったりするのですか?」
伯爵令嬢と私を除いた三人が、にやにやとこの話題と同じ下衆な笑みを浮かべている。
「きっとサフィア様にはできない〝なにか〟があったに違いないですわ。たとえばほら……夜の魅力とか」
「ふふ。たしかに、メイジー様は可愛いだけでなくスタイルも抜群ですものね。昔からその武器を使って、メイジー様が殿方を虜にする瞬間をよく見てきましたもの」
「ちょっとあなたたち、レオ様の前でなんてことを言うの。レオ様と私は純粋に惹かれ合ったの。ねえ、レオ様?」
「……え? あ……ああ」
口元が引きつってうまく返事ができない。昔から、なんだって?
「姉妹で婚約者を取り合うなんて、物語の世界みたいですわ」
「その勝負に勝ったメイジー様は、さしずめ物語のヒロインということですわね。そうなるとヒーローは殿下でしょうか。サフィア様は……かませ役? ふふっ」
「私も姉妹がいたら、殿方の取り合いをしてみたというのに。ひとり娘なのが残念だわ」
なんだこの聞くに堪えない会話は。ここは本当に、王宮のサロンで開かれているお茶会なのか。下級貴族というのは王族の私の前でも、こういった会話が許されると思っているらしい。
彼女らはメイジーを持ち上げているようで、どう考えてもそこには悪意が含まれている。
『メイジーは姉の婚約者を、自慢の容姿と夜のテクニックで奪った』なんて言われれば、本来なら怒り狂い、むしろ不敬罪として訴えることさえ可能なはずだ。
それにもかかわらず、当のメイジー本人は、その言葉を満更でもなさそうに受け取り気分を良くしている。
嫌味が通じない相手に対しては、それはもはや嫌味として成り立たない。令嬢たちもそれを分かっているのだろう。きっと、メイジーがそれほど鈍感であることを承知の上で、からかっているのだ。
そんな低俗な友人たちに持ち上げられて喜ぶメイジーを目にすると、果たして彼女は、本当に友人すら持たなかったサフィアよりも“上”といえるのか……?
「失礼ですが、皆さま。そのような話題は、この場にふさわしくないのではありませんか?」
唯一ずっと黙っていた伯爵令嬢が静かに口を開いた。
すると、その場の賑やかな空気が一瞬にして静まり返る。
「……もう、ダーナったら相変わらず馬鹿真面目ね。あなたのせいで場がしらけちゃったじゃない」
「それは……申し訳ございませんでした」
メイジーが機嫌を損ね、頬をわざとらしく膨らませると、冷静なままダーナという伯爵令嬢は頭を下げた。
その後もつまらないお茶会は続いたが、ダーナ嬢は一言も口を開かなかった。なぜ来たのかと問いたくなるくらい、黙ってお茶を飲んでいる。
だが、その姿勢や仕草には品があり、さすが伯爵令嬢といえる。……彼女だけは、私の婚約者の友人としてふさわしいと思えた。
それなのにメイジーは、ほかの下級貴族令嬢との会話のほうが楽しそうだ。ここは面倒だが、私が一肌脱いでやろう。
昼下がりに、王宮のサロンで開催されているお茶会へ足を運んだ。
サフィアは友人を招くことがなかったため、婚約者のこういう場に参加するのは初めての経験だ。
今朝『私もお茶会に顔を出したい』とメイジーに告げると、昨夜の件は忘れたように上機嫌になった。
面倒くさいところは多いが、機嫌の悪さを引きずらない性格は扱いやすくて助かる。
「レオ様、来てくれたのね!」
私がサロンへ到着すると、待ってましたといわんばかりにメイジーが飛びついてきた。腕を絡ませ、そのまま自分の隣の席へと私を誘導する。
「……メイジー。人前では私にもきちんとした態度をとるように。呼び方も変えてくれ」
小声でメイジーに注意すると、彼女は首を傾げる。
「どうして? レオ様はレオ様でしょう?」
「ふたりきりの時はそれでいい。だが、こういった場では私も立場がある」
婚約者が普段は愛称で呼んでいる場合でも、公式な場やお茶会などでは敬語を使い、呼び方を変えることが望ましい。
そうすることでメイジーは私の立場を尊重し、婚約者としての礼儀を周囲に示すことができる。
逆にそうしなければ、私の立場を軽んじていると周囲に捉えられる可能性が生まれてしまう。
「わかったな?」
「……はーい」
メイジーはけだるげに頷いたものの、その後も普段と変わらない態度のままだった。
なにもわかっていないじゃないか。……まぁいい。ここはメイジー主催のお茶会だ。このくらいは大目に見てやろう。
「メイジー様が元気そうでよかったですわ」
「本当に。久しぶりに美しいメイジー様を拝見できて、心が晴れやかになりました」
「殿下の婚約者の座を射止めるなんて、さすがはメイジー様」
今日、このお茶会に参加している令嬢は四人。全員、私も初めて見る顔だ。
……ほう。思ったよりも慕われている。メイジーも自然な笑顔を見せて楽しそうだ。
サフィアだったら、こうはいかなかっただろう。なんせ、彼女は友人がひとりもいなかった。いつもひとりで行動し、仕事や社交以外でお茶を飲んでいる姿を見たことはない。
その点では、こうやって友人に囲まれているメイジーのほうが私には素敵に見える。友人がいるということは彼女が信頼され、周囲に好かれている証にもなるからだ。
久しぶりにメイジーがサフィアより長けている部分を目の当たりにできて、私はお茶会に参加してよかったと思った。
……ひとつ気になることがあるとすれば、侯爵位を持つ家の娘にしては、友人の爵位が極端に低いことだ。
先ほど軽く自己紹介をされたが、四人のうち子爵令嬢がひとり、男爵令嬢がふたり、伯爵令嬢がひとり――。伯爵家のみ聞き覚えがあったが、ほか三名は家名すら聞いたことがない。
メイジーの分け隔てない性格が、友人作りにも影響を及ぼしたのだろう。それほど気に留める必要はないか……。
「ねえメイジー様、そろそろ聞かせてくださってもいいのでは? いったいどうやって、殿下をあのサフィア様から奪ったのか」
ひとりの令嬢が言うと、隣にいた令嬢も目の色を変えて話に乗ってきた。
「あら、そんなのメイジー様を見たらわかるじゃない」
「やっぱりその可愛らしい美貌? それともなにか特別なテクニックがあったりするのですか?」
伯爵令嬢と私を除いた三人が、にやにやとこの話題と同じ下衆な笑みを浮かべている。
「きっとサフィア様にはできない〝なにか〟があったに違いないですわ。たとえばほら……夜の魅力とか」
「ふふ。たしかに、メイジー様は可愛いだけでなくスタイルも抜群ですものね。昔からその武器を使って、メイジー様が殿方を虜にする瞬間をよく見てきましたもの」
「ちょっとあなたたち、レオ様の前でなんてことを言うの。レオ様と私は純粋に惹かれ合ったの。ねえ、レオ様?」
「……え? あ……ああ」
口元が引きつってうまく返事ができない。昔から、なんだって?
「姉妹で婚約者を取り合うなんて、物語の世界みたいですわ」
「その勝負に勝ったメイジー様は、さしずめ物語のヒロインということですわね。そうなるとヒーローは殿下でしょうか。サフィア様は……かませ役? ふふっ」
「私も姉妹がいたら、殿方の取り合いをしてみたというのに。ひとり娘なのが残念だわ」
なんだこの聞くに堪えない会話は。ここは本当に、王宮のサロンで開かれているお茶会なのか。下級貴族というのは王族の私の前でも、こういった会話が許されると思っているらしい。
彼女らはメイジーを持ち上げているようで、どう考えてもそこには悪意が含まれている。
『メイジーは姉の婚約者を、自慢の容姿と夜のテクニックで奪った』なんて言われれば、本来なら怒り狂い、むしろ不敬罪として訴えることさえ可能なはずだ。
それにもかかわらず、当のメイジー本人は、その言葉を満更でもなさそうに受け取り気分を良くしている。
嫌味が通じない相手に対しては、それはもはや嫌味として成り立たない。令嬢たちもそれを分かっているのだろう。きっと、メイジーがそれほど鈍感であることを承知の上で、からかっているのだ。
そんな低俗な友人たちに持ち上げられて喜ぶメイジーを目にすると、果たして彼女は、本当に友人すら持たなかったサフィアよりも“上”といえるのか……?
「失礼ですが、皆さま。そのような話題は、この場にふさわしくないのではありませんか?」
唯一ずっと黙っていた伯爵令嬢が静かに口を開いた。
すると、その場の賑やかな空気が一瞬にして静まり返る。
「……もう、ダーナったら相変わらず馬鹿真面目ね。あなたのせいで場がしらけちゃったじゃない」
「それは……申し訳ございませんでした」
メイジーが機嫌を損ね、頬をわざとらしく膨らませると、冷静なままダーナという伯爵令嬢は頭を下げた。
その後もつまらないお茶会は続いたが、ダーナ嬢は一言も口を開かなかった。なぜ来たのかと問いたくなるくらい、黙ってお茶を飲んでいる。
だが、その姿勢や仕草には品があり、さすが伯爵令嬢といえる。……彼女だけは、私の婚約者の友人としてふさわしいと思えた。
それなのにメイジーは、ほかの下級貴族令嬢との会話のほうが楽しそうだ。ここは面倒だが、私が一肌脱いでやろう。