ふつつかな才女は、お望みどおり身を引きます~国より愛を選んだ婚約者と妹、そして残された人々の後悔~
【メイジーの友人・ダーナの怒り】
……はぁ。参加するのではなかった。
メイジー様にお呼ばれしたお茶会の開始五分で、わたくしはそう思った。
数十分も経つと、レオナルド殿下もサロンに顔を出した。わたくしはつい厳しい視線を向けそうになり、慌てて殿下から目を逸らす。
メイジー様は自慢げに殿下と腕を組み、殿下を愛称で呼びながら私たちに仲の良さを誇示していた。侯爵令嬢としてのマナーや振る舞いがまったく追いついていないことに呆れ笑いが漏れる。
十年以上も貴族として過ごしているのに、彼女はいつまで平民気分でいるのだろう。そして、こんな女性に心を奪われた殿下の目は、腐っているとしか言いようがない。
殿下がお茶会のメンバーに加わってすぐ、隣の令嬢がいやらしい笑みを浮かべて『メイジー様はどうやって殿下を射止めたのか』などという下劣極まりない話を持ち出した。
ちらりと殿下の表情を窺うと、あからさまに口元が引きつっている。メイジー様含むほかの令嬢たちに引いているのは明白だったが、誰もそのことに気づいていない。
わたくしは会話に参加せず、黙ってお茶を飲んだ。
メイジー様の好みの茶葉なのだろうか。甘いだけで、全然口に合わない。
途中、会話の中でサフィア様を馬鹿にした発言があった。ひとりの令嬢がこの略奪劇を物語にたとえ、サフィア様を『かませ役』などと言い放ったのだ。
耐え切れず、わたくしはここに来て初めて声を発した。
本当は、もっと殿下の引きつった顔を楽しみたかったというのに。サフィア様を馬鹿にされては黙っていられない。
一瞬静まり返るサロン内。しかしすぐにまた、くだらない友達ごっこが繰り広げられる。
会話にいっさい参加せずに、わたくしはこのお茶会で空気となりながら、黙って楽しげに笑うメイジー様と、作り笑いを浮かべる殿下を見つめた。
「サフィアには友人がいなかったから、こういった場に呼んでもらえたのは初めてだ」
会話の流れで、殿下がなにげなくそう言った。
メイジー様は友人がいる自分が誇らしいのか、勝ち誇った顔をしている。
……わたくしは知っている。
サフィア様は友人がいなかったのではなく、友人付き合いを自ら〝諦めた〟だけだということを。
わたくしが初めてサフィア様に会ったのは、学園の入学式だった。
わたくしの目の前を通り過ぎた彼女の銀髪が、とても美しくて見惚れてしまった。
わたくしは、友人を作るのが苦手だった。自分から誰かに声をかけるのが得意でなかったのだ。
そのため、学園でも友人作りに出遅れ、気づけばひとりになっていた。
『あなた、いつもそこでなんの本を読んでいるの?』
――そんなわたくしに、初めて声をかけてくれたのが、サフィア様だった。
既に才女と呼ばれ、レオナルド殿下の婚約者だったサフィア様は、近寄りがたいオーラがあった。
しかし話すととても可愛らしい人で、たまに見せる笑顔は、同性のわたくしでもどきりと胸が跳ねた。
それでいてあらゆる分野の知識もあり、サフィア様と話す時間はとても自分のためになった。
彼女との時間は、宝物だった。
それなのに、一年後、わたくしの宝物は、メイジー様によって奪われた。
『あなた、サフィアお姉様と友達なの? 言いづらいんだけど、あんまり仲良くしないほうがいいわ』
ある日突然、メイジー様が声をかけてきた。
下級生というのに言葉遣いに驚かされたが、侯爵という爵位である以上、間違っているわけではない。
『お姉様、裏でいつもあなたの悪口を言っているわよ。頭のよくない人との会話は疲れるって。ひどいわよね。私だったら、絶対にそんなこと言わないのに』
メイジー様はそれだけ言うと、その日はそのまま去っていった。
わたくしは呆然とした。彼女はなにを言っているのか。サフィア様こそ、絶対にそんなことは言わない。
わたくしはメイジー様の言葉を無視した。
しかし、彼女が入学してから、学園内にサフィア様の悪い噂がたくさん流れるようになった。
『サフィア様は屋敷で使用人に冷たく当たり、食事を抜きにしたことがある』
『連れ子の妹であるメイジー様をいじめ、弟のジョシュア様にだけ優しくしている』
『無駄遣いがひどく浪費癖を何度も父親に叱られている。それを隠すために、普段はわざと地味にしている』
『サフィア様は〝自分が一番優れている〟と思い込んでいて、下級貴族や、あまり教養のない方々を見下している』
こんなのはほんの一部で、ほかにもたくさんの悪評が上がった。
そしてそのどれもが、メイジー様が言い出したことだった。
サフィア様を慕っていた令嬢たちの一部は、ほとんどがメイジー様へと流れて行った。それも、特に親しくしていた人ほど、みんなメイジー様へと派閥を変えていった。
中にはグラントリー姉妹とは関わりたくないと言って、自ら遠のいていく令嬢もいた。
わたくしは信じられなかった。広まっていく噂に、ひとりで耳を塞いだ。
メイジー様はいつも明るく、誰に対しても分け隔てなく接する。
それは一見すると優しさに思えるが、よく見ていると、彼女が求めているのは相手への思いやりではなく、自分が注目され、ちやほやされることだとわかる。
彼女の分け隔てのなさも、単に礼儀をわきまえていないだけのこと。社交的であることと馴れ馴れしいことの違いを、メイジー様は理解していないようだった。
噂が流れだしてから、サフィア様は人と関わらないようになった。
わたくしが話しかけようとしても、するりとかわされてしまう。
それでもどうしてもサフィア様と話したくて、ひとりで裏庭で参考書を読んでいるサフィア様に、わたくしはひっそりと歩み寄った。
『サフィア様……!』
数か月ぶりに目を合わせた彼女は、神秘的な美しさに磨きをかけていた。
『ダーナ……』
わたくしの名前を呼んでくれた。それだけで嬉しかった。
『あの、わたくし、サフィア様とお話がしたくって……』
『ありがとう。その気持ちは本当に嬉しいわ。でも……あなたのためを思うと、私とは距離を置いたほうがいい』
『そ、そんな……どうしてですか?』
『私の悪い噂が流れているでしょう? 一緒にいると、あなたまで悪く言われるわ。それに……面倒ごとにも巻き込まれる。妹はどうやら、私と仲良くしてる人が好きみたいだから』
なにかを悟ったように、サフィア様が眉を下げて笑った。
『だから私、友人を持つことをやめたの。自分のためにも、周りのためにも……。ごめんなさい。でも、もし私がその重荷から解放される時が来たら、その時は私からあなたに手を差し伸べるわ。そうしたらまた、友人になってくれる?』
あまりにも決意の強い眼差しを受けて、わたくしはそれ以上なにも言えなかった。去り行くサフィア様を、追いかけることもできない。
頭の中が整理できず、サフィア様に友人になることを断られたという事実だけが残る。
だけど数日経って、わたくしはサフィア様の言葉の真意に気づいた。
――サフィア様はきっと、気づいている。
自分の評判を下げ、友人たちを奪い去るメイジー様の卑劣な行為に。
思い返せば、メイジー様が狙いを定めていたのは、決まってサフィア様が特に親しくしていた令嬢ばかりだ。
サフィア様と仲良くすると、メイジー様に執着される。そして、サフィア様を嫌いになるまで、彼女の手で関係を壊されてしまう……。
そんな末路をすべて理解しながら、サフィア様は友人を作ることを自ら諦めたのではないだろうか。
わたくしはいてもたってもいられず、その考えをクラスメイトに話したことがある。すると、その場にいた令嬢たちはみんなため息をついた。
『なんてこと。だからサフィア様、突然ひとりで行動するようになったのね』
『私もそう思っていたわ。一度でもサフィア様と関わったことのある上流貴族のほとんどは、サフィア様のその想いに気づいてる』
『みんな敢えて、サフィア様を孤立させてあげているのよ。……馬鹿な令嬢たちは、メイジー様に騙されているけれどね』
自分と同じように、まだサフィア様を支持する人がいるとわかって、わたくしは安心した。
気づけばサフィア様は、完全に一匹狼と化していた。見ていると胸が痛んだが、彼女が望んだこと。邪魔はできない。
こんな事情があったというのに――なにも知らずに、サフィア様に友人がいないと抜かす殿下が憎たらしい。サフィア様から友人だけでなく、婚約者まで奪ったメイジー様はもっと気に入らない。
このふたりのせいで、サフィア様は忽然と姿を消してしまった。
サフィア様は素敵な人だった。
初めて会った日、ほんの一瞬、わたくしに笑いかけてくれたサフィア様。
領地経営や国勢の話をわかりやすく教えてくれて、その後は年頃の女の子らしく、お菓子作りの話なんかもした。
サフィア様と話したあの穏やかな時間が、今でも忘れられない。
今日の誘いも、伯爵位以上の令嬢はみんな招待状を突っぱねた。本当は結構な数の招待状を用意していたらしいが、集まったのは昔からのメイジー様の取り巻きたちとわたくしだけ。
この事実を知ったら、殿下はどう思うのだろう。
……サフィア様の情報が掴めるかと思って参加してみたけれど、まったくの無意味だった。
「君、ちょっといいか」
沈んだ気持ちのままお茶会を終え、サロンを出てしばらくしたところで声をかけられた。振り向くと、レオナルド殿下が立っていた。
「ええっと、ダーナ嬢と呼んで構わないだろうか」
「どうぞ。レオナルド殿下、本日はお招きいただきありがとうございました。メイジー様と仲睦まじい様子を間近で見られて光栄でしたわ」
思ってもないことを適当に並べ、ふわりとワンピースの裾を上げて挨拶をする。
「……仲睦まじい、ね。はは。実際は、婚約してからのほうがうまくいっていないんだ」
「……そうでしたか。でも、婚約とはそういうものかと思います。お互いを尊重し思いやりの気持ちさえ忘れなければ大丈夫ですわ」
そんな気持ち、この人たちが持ち合わせているとは思えないが、精一杯の嫌味をこめて微笑んだ。
「ありがとう。よければ君からも、メイジーにいろいろと言ってくれると助かるよ。友人の言葉には耳を貸すかもしれないから」
なにを言っているの? どうしてわたくしが。
大体、殿下が言ってもきかないのなら、ほかの誰が言っても無理でしょうに。
「ここだけの話、私がダーナ嬢を呼び止めたのは、今日のお茶会に参加して君がいちばんメイジーの友人にふさわしいと思ったからなんだ。品があって、家柄もいい。……ほかの者たちの会話には、どうも私はついていけそうになくってね」
……殿下は世間体を気にして、わたくしをメイジー様の友人の座に据えたいと考えたのか。……でも。
「申し訳ございませんが、わたくしもまた、メイジー様の友人にはふさわしくありません」
「な、なぜだ? 私がふさわしいと思うのだから自信を持てばいい」
無理に決まっている。なぜならわたくしは最初から、メイジー様とは顔見知り程度で友人関係にないのだから。
メイジー様が勝手に、わたくしを友人――否、自らをちやほやしてくれるその他大勢のひとりだと勘違いしているだけ。
「いいえ。わたくしはどちらかというと、サフィア様のほうをお慕いしているのです。メイジー様はそんなわたくしを、きっと友人としては認めてくれないでしょう。……メイジー様はやけにサフィア様を嫌っておりましたから」
「……サフィア? 君は、あいつの友人だったのか?」
「今は違います。でもいつか、また友人になりたいと思っています」
サフィア様が本当は慕われていたという現実くらい、ここで突き付けてやってもいいわよね?
「殿下やメイジー様はご存じないかもしれませんが、サフィア様を慕う令嬢は、決してわたくしひとりだけではございませんでした」
「……そんなはずが……あいつは友人なんてひとりも……」
「では、これで失礼いたします。……もしサフィア様に関するなにかしらの情報をお掴みになりましたら、ぜひわたくしにもお教えくださいませ」
それだけ言うと、わたくしは今度こそ本当にお茶会を後にした。
――わたくしは絶対に認めない。あのふたりが、未来の王と王妃だなんて。
……はぁ。参加するのではなかった。
メイジー様にお呼ばれしたお茶会の開始五分で、わたくしはそう思った。
数十分も経つと、レオナルド殿下もサロンに顔を出した。わたくしはつい厳しい視線を向けそうになり、慌てて殿下から目を逸らす。
メイジー様は自慢げに殿下と腕を組み、殿下を愛称で呼びながら私たちに仲の良さを誇示していた。侯爵令嬢としてのマナーや振る舞いがまったく追いついていないことに呆れ笑いが漏れる。
十年以上も貴族として過ごしているのに、彼女はいつまで平民気分でいるのだろう。そして、こんな女性に心を奪われた殿下の目は、腐っているとしか言いようがない。
殿下がお茶会のメンバーに加わってすぐ、隣の令嬢がいやらしい笑みを浮かべて『メイジー様はどうやって殿下を射止めたのか』などという下劣極まりない話を持ち出した。
ちらりと殿下の表情を窺うと、あからさまに口元が引きつっている。メイジー様含むほかの令嬢たちに引いているのは明白だったが、誰もそのことに気づいていない。
わたくしは会話に参加せず、黙ってお茶を飲んだ。
メイジー様の好みの茶葉なのだろうか。甘いだけで、全然口に合わない。
途中、会話の中でサフィア様を馬鹿にした発言があった。ひとりの令嬢がこの略奪劇を物語にたとえ、サフィア様を『かませ役』などと言い放ったのだ。
耐え切れず、わたくしはここに来て初めて声を発した。
本当は、もっと殿下の引きつった顔を楽しみたかったというのに。サフィア様を馬鹿にされては黙っていられない。
一瞬静まり返るサロン内。しかしすぐにまた、くだらない友達ごっこが繰り広げられる。
会話にいっさい参加せずに、わたくしはこのお茶会で空気となりながら、黙って楽しげに笑うメイジー様と、作り笑いを浮かべる殿下を見つめた。
「サフィアには友人がいなかったから、こういった場に呼んでもらえたのは初めてだ」
会話の流れで、殿下がなにげなくそう言った。
メイジー様は友人がいる自分が誇らしいのか、勝ち誇った顔をしている。
……わたくしは知っている。
サフィア様は友人がいなかったのではなく、友人付き合いを自ら〝諦めた〟だけだということを。
わたくしが初めてサフィア様に会ったのは、学園の入学式だった。
わたくしの目の前を通り過ぎた彼女の銀髪が、とても美しくて見惚れてしまった。
わたくしは、友人を作るのが苦手だった。自分から誰かに声をかけるのが得意でなかったのだ。
そのため、学園でも友人作りに出遅れ、気づけばひとりになっていた。
『あなた、いつもそこでなんの本を読んでいるの?』
――そんなわたくしに、初めて声をかけてくれたのが、サフィア様だった。
既に才女と呼ばれ、レオナルド殿下の婚約者だったサフィア様は、近寄りがたいオーラがあった。
しかし話すととても可愛らしい人で、たまに見せる笑顔は、同性のわたくしでもどきりと胸が跳ねた。
それでいてあらゆる分野の知識もあり、サフィア様と話す時間はとても自分のためになった。
彼女との時間は、宝物だった。
それなのに、一年後、わたくしの宝物は、メイジー様によって奪われた。
『あなた、サフィアお姉様と友達なの? 言いづらいんだけど、あんまり仲良くしないほうがいいわ』
ある日突然、メイジー様が声をかけてきた。
下級生というのに言葉遣いに驚かされたが、侯爵という爵位である以上、間違っているわけではない。
『お姉様、裏でいつもあなたの悪口を言っているわよ。頭のよくない人との会話は疲れるって。ひどいわよね。私だったら、絶対にそんなこと言わないのに』
メイジー様はそれだけ言うと、その日はそのまま去っていった。
わたくしは呆然とした。彼女はなにを言っているのか。サフィア様こそ、絶対にそんなことは言わない。
わたくしはメイジー様の言葉を無視した。
しかし、彼女が入学してから、学園内にサフィア様の悪い噂がたくさん流れるようになった。
『サフィア様は屋敷で使用人に冷たく当たり、食事を抜きにしたことがある』
『連れ子の妹であるメイジー様をいじめ、弟のジョシュア様にだけ優しくしている』
『無駄遣いがひどく浪費癖を何度も父親に叱られている。それを隠すために、普段はわざと地味にしている』
『サフィア様は〝自分が一番優れている〟と思い込んでいて、下級貴族や、あまり教養のない方々を見下している』
こんなのはほんの一部で、ほかにもたくさんの悪評が上がった。
そしてそのどれもが、メイジー様が言い出したことだった。
サフィア様を慕っていた令嬢たちの一部は、ほとんどがメイジー様へと流れて行った。それも、特に親しくしていた人ほど、みんなメイジー様へと派閥を変えていった。
中にはグラントリー姉妹とは関わりたくないと言って、自ら遠のいていく令嬢もいた。
わたくしは信じられなかった。広まっていく噂に、ひとりで耳を塞いだ。
メイジー様はいつも明るく、誰に対しても分け隔てなく接する。
それは一見すると優しさに思えるが、よく見ていると、彼女が求めているのは相手への思いやりではなく、自分が注目され、ちやほやされることだとわかる。
彼女の分け隔てのなさも、単に礼儀をわきまえていないだけのこと。社交的であることと馴れ馴れしいことの違いを、メイジー様は理解していないようだった。
噂が流れだしてから、サフィア様は人と関わらないようになった。
わたくしが話しかけようとしても、するりとかわされてしまう。
それでもどうしてもサフィア様と話したくて、ひとりで裏庭で参考書を読んでいるサフィア様に、わたくしはひっそりと歩み寄った。
『サフィア様……!』
数か月ぶりに目を合わせた彼女は、神秘的な美しさに磨きをかけていた。
『ダーナ……』
わたくしの名前を呼んでくれた。それだけで嬉しかった。
『あの、わたくし、サフィア様とお話がしたくって……』
『ありがとう。その気持ちは本当に嬉しいわ。でも……あなたのためを思うと、私とは距離を置いたほうがいい』
『そ、そんな……どうしてですか?』
『私の悪い噂が流れているでしょう? 一緒にいると、あなたまで悪く言われるわ。それに……面倒ごとにも巻き込まれる。妹はどうやら、私と仲良くしてる人が好きみたいだから』
なにかを悟ったように、サフィア様が眉を下げて笑った。
『だから私、友人を持つことをやめたの。自分のためにも、周りのためにも……。ごめんなさい。でも、もし私がその重荷から解放される時が来たら、その時は私からあなたに手を差し伸べるわ。そうしたらまた、友人になってくれる?』
あまりにも決意の強い眼差しを受けて、わたくしはそれ以上なにも言えなかった。去り行くサフィア様を、追いかけることもできない。
頭の中が整理できず、サフィア様に友人になることを断られたという事実だけが残る。
だけど数日経って、わたくしはサフィア様の言葉の真意に気づいた。
――サフィア様はきっと、気づいている。
自分の評判を下げ、友人たちを奪い去るメイジー様の卑劣な行為に。
思い返せば、メイジー様が狙いを定めていたのは、決まってサフィア様が特に親しくしていた令嬢ばかりだ。
サフィア様と仲良くすると、メイジー様に執着される。そして、サフィア様を嫌いになるまで、彼女の手で関係を壊されてしまう……。
そんな末路をすべて理解しながら、サフィア様は友人を作ることを自ら諦めたのではないだろうか。
わたくしはいてもたってもいられず、その考えをクラスメイトに話したことがある。すると、その場にいた令嬢たちはみんなため息をついた。
『なんてこと。だからサフィア様、突然ひとりで行動するようになったのね』
『私もそう思っていたわ。一度でもサフィア様と関わったことのある上流貴族のほとんどは、サフィア様のその想いに気づいてる』
『みんな敢えて、サフィア様を孤立させてあげているのよ。……馬鹿な令嬢たちは、メイジー様に騙されているけれどね』
自分と同じように、まだサフィア様を支持する人がいるとわかって、わたくしは安心した。
気づけばサフィア様は、完全に一匹狼と化していた。見ていると胸が痛んだが、彼女が望んだこと。邪魔はできない。
こんな事情があったというのに――なにも知らずに、サフィア様に友人がいないと抜かす殿下が憎たらしい。サフィア様から友人だけでなく、婚約者まで奪ったメイジー様はもっと気に入らない。
このふたりのせいで、サフィア様は忽然と姿を消してしまった。
サフィア様は素敵な人だった。
初めて会った日、ほんの一瞬、わたくしに笑いかけてくれたサフィア様。
領地経営や国勢の話をわかりやすく教えてくれて、その後は年頃の女の子らしく、お菓子作りの話なんかもした。
サフィア様と話したあの穏やかな時間が、今でも忘れられない。
今日の誘いも、伯爵位以上の令嬢はみんな招待状を突っぱねた。本当は結構な数の招待状を用意していたらしいが、集まったのは昔からのメイジー様の取り巻きたちとわたくしだけ。
この事実を知ったら、殿下はどう思うのだろう。
……サフィア様の情報が掴めるかと思って参加してみたけれど、まったくの無意味だった。
「君、ちょっといいか」
沈んだ気持ちのままお茶会を終え、サロンを出てしばらくしたところで声をかけられた。振り向くと、レオナルド殿下が立っていた。
「ええっと、ダーナ嬢と呼んで構わないだろうか」
「どうぞ。レオナルド殿下、本日はお招きいただきありがとうございました。メイジー様と仲睦まじい様子を間近で見られて光栄でしたわ」
思ってもないことを適当に並べ、ふわりとワンピースの裾を上げて挨拶をする。
「……仲睦まじい、ね。はは。実際は、婚約してからのほうがうまくいっていないんだ」
「……そうでしたか。でも、婚約とはそういうものかと思います。お互いを尊重し思いやりの気持ちさえ忘れなければ大丈夫ですわ」
そんな気持ち、この人たちが持ち合わせているとは思えないが、精一杯の嫌味をこめて微笑んだ。
「ありがとう。よければ君からも、メイジーにいろいろと言ってくれると助かるよ。友人の言葉には耳を貸すかもしれないから」
なにを言っているの? どうしてわたくしが。
大体、殿下が言ってもきかないのなら、ほかの誰が言っても無理でしょうに。
「ここだけの話、私がダーナ嬢を呼び止めたのは、今日のお茶会に参加して君がいちばんメイジーの友人にふさわしいと思ったからなんだ。品があって、家柄もいい。……ほかの者たちの会話には、どうも私はついていけそうになくってね」
……殿下は世間体を気にして、わたくしをメイジー様の友人の座に据えたいと考えたのか。……でも。
「申し訳ございませんが、わたくしもまた、メイジー様の友人にはふさわしくありません」
「な、なぜだ? 私がふさわしいと思うのだから自信を持てばいい」
無理に決まっている。なぜならわたくしは最初から、メイジー様とは顔見知り程度で友人関係にないのだから。
メイジー様が勝手に、わたくしを友人――否、自らをちやほやしてくれるその他大勢のひとりだと勘違いしているだけ。
「いいえ。わたくしはどちらかというと、サフィア様のほうをお慕いしているのです。メイジー様はそんなわたくしを、きっと友人としては認めてくれないでしょう。……メイジー様はやけにサフィア様を嫌っておりましたから」
「……サフィア? 君は、あいつの友人だったのか?」
「今は違います。でもいつか、また友人になりたいと思っています」
サフィア様が本当は慕われていたという現実くらい、ここで突き付けてやってもいいわよね?
「殿下やメイジー様はご存じないかもしれませんが、サフィア様を慕う令嬢は、決してわたくしひとりだけではございませんでした」
「……そんなはずが……あいつは友人なんてひとりも……」
「では、これで失礼いたします。……もしサフィア様に関するなにかしらの情報をお掴みになりましたら、ぜひわたくしにもお教えくださいませ」
それだけ言うと、わたくしは今度こそ本当にお茶会を後にした。
――わたくしは絶対に認めない。あのふたりが、未来の王と王妃だなんて。