ふつつかな才女は、お望みどおり身を引きます~国より愛を選んだ婚約者と妹、そして残された人々の後悔~
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メイジーの様子は、それからもなにも変わらなかった。
一度開かれたお茶会の再開催も予定されていない。メイジーは「忙しいからやらない」と言っているが、毎日王妃教育以外になにもしていない彼女のどこが忙しいのか。しかも、王妃教育の成果も変わらずまったく出ていない。
お茶会だって、実際は招待状を送っているのに参加者が集まらず、開催できていないという裏事情も私は知っている。
……あのダーナという伯爵令嬢も、王太子直々の頼みだというのに、メイジーの友人になるのをを拒否した。それだけでなく、サフィアの友人になりたかったなどと言い出した。
今でもあのやり取りを思い出すと頭が痛くなる。
だが、私相手に媚も売れないような令嬢だ。見た目も仕草にも品があり、慎ましやかな淑女だと思っていたが、きっと中身は腹黒いに違いない。
もしかしたら私の婚約者の座を得たメイジーに嫉妬して、あんな物言いをした可能性だってある。というか、そうとしか思えない。
悩みの種がなにひとつ減らないまま、さらに一か月が経った。
長い一日を終えて寝室へ向かうと、メイジーがベッドの上でぐうたらと寝そべったまま、王妃教育とはまったく関係のない娯楽の本を読んでいた。
……メイジー、最近少しふっくらしてきたんじゃないか? 肌も前ほど綺麗じゃないし、髪も乾き切っていない。きっと面倒になって、侍女に途中でやめさせたのだろう。
だらしない婚約者の姿を見て、私は片手で顔を覆った。そしてそのままベッドに近づき、メイジーが読んでいた本を取り上げてサイドテーブルに投げた。
「ちょっとレオ様、急になにをするの」
「……メイジー。いいか? 今のままの君とは結婚できない。以前この話をして、君はどこか変えようと努力したか?」
ばつが悪そうにメイジーが私から視線を逸らす。
「今の君との結婚を、父上だけではなく民衆も許してはくれないだろう」
「そ、そんなことないわ。私だって、着実に努力はしているもの。食器の音を立てずに食事ができるようにもなったわ」
そんなのは、王妃教育以前に出来て当たり前のことだ。
あまりに低レベルな返答に、私はベッドに腰かけて頭を抱えた。そんな私を、メイジーが後ろからそっと抱きしめてくる。
彼女からは体や髪に塗りたくった精油と、その上から振りまいた香水が混ざったにおいがした。以前はメイジーらしい派手な香りと思っていたが、今では嫌悪感すらわいてくる。
「私だって、楽しみを先延ばしにされてはやる気も出ないの。レオ様、先に結婚パーティーはできないの? 無理なら婚約パーティーでもいいわ」
「……この状況でパーティーを開きたいなどと言えば、それこそどう思われるか」
「それなら……いい考えがあるわ」
「……なんだ?」
含みのある物言いに、私はおもわず反応してしまった。
「子供を作ってしまえばいいのよ」
メイジーが私を抱きしめる手に力を込める。
「……子供だって?」
「ええ。世継ぎを作ってしまえば、誰もこの結婚に口出しはしないでしょう? レオ様はたったひとりの息子だもの。絶対に子供を産んでほしいはずよ。もし男児が生まれなくても、生まれるまで子作りを続けたらいいのよ。私、それならいくらでも頑張れる」
既成事実を作れば、誰も文句は言えなくなる――そういうことか。
子供さえできれば、体調を理由に王妃教育も一時中断されるかもしれない。彼女にとって、子作りこそが最も手っ取り早く、確実な結婚への近道なのだ。
だが……私はメイジーに子供が育てられるとは到底思えない。なぜなら、彼女自身がまだ子供だからだ。見た目に幼さや無邪気さが残るのは可愛らしいで済まされるが、我儘な態度と嫌なことから逃げるその子供っぽい考え方のままで、母親にはなれないだろう。
子供が子供を育てるなんてありえない。そして、そんな彼女に振り回されるなんて死んでもごめんだ。
「ねえレオ様、子作りをしましょう」
メイジーは私の耳元で誘うように囁くと、妖艶な目つきでこちらを見つめ、私の頬を撫でた。こういう時だけは急に大人びる、そんな彼女のギャップに惹かれていた。……以前までは。
「……すまない。最近疲れていて、そういう気分になれない。それに、私たちには子作りは早すぎる」
正直なことを言えば、メイジーにそういった欲が湧かなくなっていた。
最初こそ燃え上がるような情熱を持って彼女を抱いていたが……今は面倒くささが勝っている。
大体、サフィアのやつが悪いんだ。婚約しているというのに、指一本触れさせやしない。まったく隙が無くて、本当に可愛くない。
……まぁそもそも、私はあんな冴えない女に欲情などしないが。
「わかってくれメイジー。君のために言っているんだ。それに私はまだ、君と恋人気分を味わっていたい。子供ができたら、これまでのような関係ではいられなくなる」
適当にうまい言い訳を考えて、不貞腐れるメイジーを慰める。
「恋人……そう、そうね。夫婦になって子供ができたら、毎晩こうやってふたりでゆっくりする時間もなくなっちゃうものね」
「ああ、そういうことだ」
納得したのか、険しかったメイジーの表情が緩んだ。
「……そういえば、近々、隣国ジーナとの外交がある。本来はサフィアと私が担当していた案件だが、これからは君に引き継ぐことになる」
「! そう。ついに私の出番ね!」
「ジーナとの絆を深められれば、君の評価も上がり、国王陛下からの信頼も得られるだろう。最初の数回は私も同行するから、安心してくれ」
「お仕事中もレオ様と一緒なのね。嬉しい! 王妃教育よりずっと楽しみだわ」
憂鬱な表情を見せないメイジーを見て私は安心した。
――そしてこの話をしてから五日後、私はメイジーとふたりで、外交の場である会議室へと向かった。
隣国ジーナとの外交は、王都から離れた国境にある会議室で行われる。
この会議室は、両国の代表が平和的に話し合うために七年ほど前にアフネル国の提案で作られた建物だ。
国境までの距離は、普通の馬車で半日程度。王族や上流貴族用の特別速い馬車を使えば、四時間もあれば到着できる。
つまり、朝に出発すれば昼過ぎに到着し、会議が終われば日が暮れる前に帰れるほどの距離にある。
「レオ様、外交の相手はジーナの王太子なんでしょう? レオ様以外の王子様なんて見たことないから、なんだかわくわくしちゃう」
「遊びではないんだぞ。これは我が国にとっても大事な仕事だ」
馬車の中で、浮かれているメイジーにくぎを刺す。
ジーナと関係を深めることは、国の未来に関わる重大な仕事だ。
「わかってるわ。とにかく私は、今後の協力体制をアピールすればいいんでしょう?」
「そうだ。友好条約を結ぶまでは私とサフィアで達成できた。現在はある程度信頼関係も出来上がっている。ここからは、互いの国の発展のための話し合いと、情報収集が必要だ」
本来なら、私の妻となったサフィアがこのままこの仕事も担当するはずだった。
サフィアは隣国の外交担当の王太子、エクトル殿下からずいぶんとその優秀さを買われていた。
だが、メイジーにきちんと外交の能力があるのなら、担当者が変わっても心配いらないはずだ。
彼女にはサフィアにはなかった愛想がある。きっと、エクトル殿下もすぐに彼女と打ち解けるだろう。
……本当に、メイジーの外交能力がサフィアより優れているかは、正直やってみなければわからない。不安がないといえば嘘になる。これまで散々、彼女の虚勢に騙されてきた。
メイジーの様子は、それからもなにも変わらなかった。
一度開かれたお茶会の再開催も予定されていない。メイジーは「忙しいからやらない」と言っているが、毎日王妃教育以外になにもしていない彼女のどこが忙しいのか。しかも、王妃教育の成果も変わらずまったく出ていない。
お茶会だって、実際は招待状を送っているのに参加者が集まらず、開催できていないという裏事情も私は知っている。
……あのダーナという伯爵令嬢も、王太子直々の頼みだというのに、メイジーの友人になるのをを拒否した。それだけでなく、サフィアの友人になりたかったなどと言い出した。
今でもあのやり取りを思い出すと頭が痛くなる。
だが、私相手に媚も売れないような令嬢だ。見た目も仕草にも品があり、慎ましやかな淑女だと思っていたが、きっと中身は腹黒いに違いない。
もしかしたら私の婚約者の座を得たメイジーに嫉妬して、あんな物言いをした可能性だってある。というか、そうとしか思えない。
悩みの種がなにひとつ減らないまま、さらに一か月が経った。
長い一日を終えて寝室へ向かうと、メイジーがベッドの上でぐうたらと寝そべったまま、王妃教育とはまったく関係のない娯楽の本を読んでいた。
……メイジー、最近少しふっくらしてきたんじゃないか? 肌も前ほど綺麗じゃないし、髪も乾き切っていない。きっと面倒になって、侍女に途中でやめさせたのだろう。
だらしない婚約者の姿を見て、私は片手で顔を覆った。そしてそのままベッドに近づき、メイジーが読んでいた本を取り上げてサイドテーブルに投げた。
「ちょっとレオ様、急になにをするの」
「……メイジー。いいか? 今のままの君とは結婚できない。以前この話をして、君はどこか変えようと努力したか?」
ばつが悪そうにメイジーが私から視線を逸らす。
「今の君との結婚を、父上だけではなく民衆も許してはくれないだろう」
「そ、そんなことないわ。私だって、着実に努力はしているもの。食器の音を立てずに食事ができるようにもなったわ」
そんなのは、王妃教育以前に出来て当たり前のことだ。
あまりに低レベルな返答に、私はベッドに腰かけて頭を抱えた。そんな私を、メイジーが後ろからそっと抱きしめてくる。
彼女からは体や髪に塗りたくった精油と、その上から振りまいた香水が混ざったにおいがした。以前はメイジーらしい派手な香りと思っていたが、今では嫌悪感すらわいてくる。
「私だって、楽しみを先延ばしにされてはやる気も出ないの。レオ様、先に結婚パーティーはできないの? 無理なら婚約パーティーでもいいわ」
「……この状況でパーティーを開きたいなどと言えば、それこそどう思われるか」
「それなら……いい考えがあるわ」
「……なんだ?」
含みのある物言いに、私はおもわず反応してしまった。
「子供を作ってしまえばいいのよ」
メイジーが私を抱きしめる手に力を込める。
「……子供だって?」
「ええ。世継ぎを作ってしまえば、誰もこの結婚に口出しはしないでしょう? レオ様はたったひとりの息子だもの。絶対に子供を産んでほしいはずよ。もし男児が生まれなくても、生まれるまで子作りを続けたらいいのよ。私、それならいくらでも頑張れる」
既成事実を作れば、誰も文句は言えなくなる――そういうことか。
子供さえできれば、体調を理由に王妃教育も一時中断されるかもしれない。彼女にとって、子作りこそが最も手っ取り早く、確実な結婚への近道なのだ。
だが……私はメイジーに子供が育てられるとは到底思えない。なぜなら、彼女自身がまだ子供だからだ。見た目に幼さや無邪気さが残るのは可愛らしいで済まされるが、我儘な態度と嫌なことから逃げるその子供っぽい考え方のままで、母親にはなれないだろう。
子供が子供を育てるなんてありえない。そして、そんな彼女に振り回されるなんて死んでもごめんだ。
「ねえレオ様、子作りをしましょう」
メイジーは私の耳元で誘うように囁くと、妖艶な目つきでこちらを見つめ、私の頬を撫でた。こういう時だけは急に大人びる、そんな彼女のギャップに惹かれていた。……以前までは。
「……すまない。最近疲れていて、そういう気分になれない。それに、私たちには子作りは早すぎる」
正直なことを言えば、メイジーにそういった欲が湧かなくなっていた。
最初こそ燃え上がるような情熱を持って彼女を抱いていたが……今は面倒くささが勝っている。
大体、サフィアのやつが悪いんだ。婚約しているというのに、指一本触れさせやしない。まったく隙が無くて、本当に可愛くない。
……まぁそもそも、私はあんな冴えない女に欲情などしないが。
「わかってくれメイジー。君のために言っているんだ。それに私はまだ、君と恋人気分を味わっていたい。子供ができたら、これまでのような関係ではいられなくなる」
適当にうまい言い訳を考えて、不貞腐れるメイジーを慰める。
「恋人……そう、そうね。夫婦になって子供ができたら、毎晩こうやってふたりでゆっくりする時間もなくなっちゃうものね」
「ああ、そういうことだ」
納得したのか、険しかったメイジーの表情が緩んだ。
「……そういえば、近々、隣国ジーナとの外交がある。本来はサフィアと私が担当していた案件だが、これからは君に引き継ぐことになる」
「! そう。ついに私の出番ね!」
「ジーナとの絆を深められれば、君の評価も上がり、国王陛下からの信頼も得られるだろう。最初の数回は私も同行するから、安心してくれ」
「お仕事中もレオ様と一緒なのね。嬉しい! 王妃教育よりずっと楽しみだわ」
憂鬱な表情を見せないメイジーを見て私は安心した。
――そしてこの話をしてから五日後、私はメイジーとふたりで、外交の場である会議室へと向かった。
隣国ジーナとの外交は、王都から離れた国境にある会議室で行われる。
この会議室は、両国の代表が平和的に話し合うために七年ほど前にアフネル国の提案で作られた建物だ。
国境までの距離は、普通の馬車で半日程度。王族や上流貴族用の特別速い馬車を使えば、四時間もあれば到着できる。
つまり、朝に出発すれば昼過ぎに到着し、会議が終われば日が暮れる前に帰れるほどの距離にある。
「レオ様、外交の相手はジーナの王太子なんでしょう? レオ様以外の王子様なんて見たことないから、なんだかわくわくしちゃう」
「遊びではないんだぞ。これは我が国にとっても大事な仕事だ」
馬車の中で、浮かれているメイジーにくぎを刺す。
ジーナと関係を深めることは、国の未来に関わる重大な仕事だ。
「わかってるわ。とにかく私は、今後の協力体制をアピールすればいいんでしょう?」
「そうだ。友好条約を結ぶまでは私とサフィアで達成できた。現在はある程度信頼関係も出来上がっている。ここからは、互いの国の発展のための話し合いと、情報収集が必要だ」
本来なら、私の妻となったサフィアがこのままこの仕事も担当するはずだった。
サフィアは隣国の外交担当の王太子、エクトル殿下からずいぶんとその優秀さを買われていた。
だが、メイジーにきちんと外交の能力があるのなら、担当者が変わっても心配いらないはずだ。
彼女にはサフィアにはなかった愛想がある。きっと、エクトル殿下もすぐに彼女と打ち解けるだろう。
……本当に、メイジーの外交能力がサフィアより優れているかは、正直やってみなければわからない。不安がないといえば嘘になる。これまで散々、彼女の虚勢に騙されてきた。